
字幕、手話、音声解説、翻訳などを取り入れたインクルーシブ動画を、会社紹介に活用する企業が増えています。しかし、情報を届ける方法だけを整えても、何を伝えるのかが曖昧であれば、企業の姿勢は伝わりません。社会貢献、地域貢献、多様性の包摂を掲げるなら、その理念に基づいて実際に何をしているのかを示す必要があります。インクルーシブ動画は、企業理念と行動を結び、持続可能な成長に向けた経営方針を発信する手段です。
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インクルーシブ動画には企業の経営方針が表れる
インクルーシブ動画では、字幕や手話などの対応が目立ちます。しかし、会社紹介では、企業が誰を大切にし、社会や地域とどのような関係を築こうとしているのかを伝えなければなりません。
情報を届ける方法と、動画で伝える内容の両方がそろって初めて、インクルーシブな会社紹介が成立します。
字幕や手話は情報を届けるための手段にすぎない
インクルーシブ動画には、バリアフリー字幕、手話、音声解説、書き起こし、多言語字幕などが用いられます。これらは、視覚や聴覚の障害、使用言語の違いにかかわらず、動画の内容を伝えるための手段です。
字幕には、会話を書き起こすだけでなく、話者の名前、音楽、効果音など、内容の理解に必要な音の情報も含まれます。音声解説は、登場人物の動作、表情、画面に表示された文字など、音声だけでは分からない情報を補います。手話は、音声を文字で伝える字幕とは役割が異なり、手話を主な言語とする人に内容を伝えます。
既存の会社紹介動画に字幕や翻訳を追加するだけでも、これまで会社の情報が十分に届かなかった人にも、その内容を伝えられるようになります。過去に制作した動画を活用できるため、インクルーシブ動画への取り組みを始める方法としても有効です。
ただし、字幕や手話を付けただけで、企業が社会貢献や多様性の包摂に取り組んでいるとはいえません。字幕や手話は、動画の内容を届けるための手段です。元の動画が会社名や沿革、事業内容を並べただけなら、情報が届く相手は増えても、企業が社会にどのような価値を提供しようとしているのかまでは伝わりません。
会社紹介動画には企業の価値観が表れる
会社紹介動画を制作する際には、限られた時間の中で、何を見せるかを選びます。経営者の言葉を中心にするのか、従業員の働く姿を映すのか、商品やサービスを紹介するのか、顧客や地域との関係を取り上げるのかによって、視聴者が受け取る企業像は変わります。
誰を動画に登場させるかという判断にも、企業の価値観が表れます。経営者や管理職だけが登場する場合と、さまざまな職種、年代、働き方の従業員が自分の言葉で語る場合では、会社から受ける印象が異なります。顧客や地域の人々を登場させるかどうかからも、自社だけを中心に据えているのか、関係者との協力を重視しているのかが伝わります。
多様な人を登場させれば、インクルーシブな会社紹介になるわけではありません。実際の職場で意思決定に関わっていない人を、企業イメージを整えるためだけに登場させれば、映像と現実の間にずれが生じます。障害のある人、外国人、高齢者、子育て中の人などを登場させる場合も、その人が企業や事業とどのように関わっているのかを伝える必要があります。
企業理念やクレドは、動画の中で掲げるだけの言葉ではありません。動画で何を取り上げ、誰に何を語ってもらうかを決める際の軸になります。「地域とともに成長する」と掲げる企業であれば、地域で行っている事業や雇用、地域団体との活動などを示せます。「多様な人が活躍できる社会」を目指すなら、採用方針、勤務制度、商品開発、顧客対応などに、その理念がどのように反映されているかを見せられます。
社会や地域での取り組みを動画で示す
社会貢献や地域貢献は、寄付や清掃活動だけを指すものではありません。地域の人を雇用する、地元企業と取引する、地域の課題を解決する商品やサービスを提供する、障害のある人も利用できる窓口を整えるといった事業活動も含まれます。
多様な人が働き、活躍できる環境が整っているかどうかは、採用人数だけでは判断できません。働く場所や時間を選べる制度、設備や情報へのアクセス、評価や昇進の機会、意見を意思決定に反映できる仕組みなど、入社後も働き続け、組織の意思決定に関われる環境が求められます。
インクルーシブ動画に説得力を持たせるには、こうした行動を具体的に示す必要があります。企業理念を読み上げた後に笑顔の従業員を映すだけでは、理念がどのように実践されているのか分かりません。実際の制度や事業、関係者の言葉を組み合わせれば、理念と行動のつながりが見えるようになります。
瀬戸内地域商社のせとのわは、岡山放送の協力を得て、手話と字幕を備えた企業説明動画を制作しました。制作前には、同社、岡山放送、ろう者の三者が協議し、伝わりやすい手話表現を検討しています。完成した動画は自社サイトで公開し、商談やイベントでも使用するほか、地域の事業者による情報発信も支援する方針を示しました。
この事例では、手話と字幕を加えるだけでなく、制作前に当事者と協議し、完成した動画を地域の情報発信にも生かそうとしています。情報を誰にでも届けるという方針が、制作過程だけでなく、公開後の活用にも反映されています。

説得力は「理念と行動の一致」から生まれる

インクルーシブ動画を制作すると、企業理念を映像で発信できるだけでなく、その理念が事業や組織運営に反映されているかを確認できます。一方で、実態を伴わない理念を強調すれば、企業が抱える矛盾も明らかになります。
映像の見やすさや制作費だけで、インクルーシブ動画の利点と課題を判断することはできません。会社紹介を通じて社会に何を約束するのかという経営判断にも関わるためです。
理念が実際の行動に表れているか
企業理念には、「社会に貢献する」「地域と共生する」「多様性を尊重する」といった言葉が使われます。短い言葉で企業の方向性を示せる一方で、具体的に何をするのかまでは分かりません。同じ理念を掲げていても、事業や組織運営にどう反映するかは企業によって異なります。
インクルーシブ動画を制作するには、理念がどのような行動に表れているのかを映像で示す必要があります。地域貢献を伝えるなら、地域でどのような課題に向き合い、誰と協力し、どのような活動を続けているのかを確認します。多様性を尊重していると伝えるなら、採用、配置、勤務制度、商品設計、顧客対応の中から、理念が実際の行動に表れている事例を選びます。
この確認を進めると、経営層、広報、人事、営業、開発、現場など、部門ごとに企業理念の捉え方が異なる場合があります。経営層は地域貢献を事業方針として捉えていても、現場では一時的な活動として扱われているかもしれません。広報が多様性を発信しようとしても、人事制度や設備が追いついていない場合もあります。
動画で何を伝えるかを考える過程で、理念と事業、制度、現場の行動を照らし合わせます。その過程で、部門ごとの認識の違いが明らかになることもあります。インクルーシブ動画の制作は、企業理念を飾る作業ではなく、理念を実践できているかを見直す機会にもなります。
当事者との対話を反映する
企業だけでインクルーシブ動画の内容を決めると、伝える側の都合に偏りやすくなります。字幕の表示時間が短ければ、文字を読み切れない場合があります。手話を画面の隅に小さく配置すれば、手や表情の動きを十分に確認できません。音声解説を加えても、企業が説明したい情報ばかりを詰め込めば、視聴者は映像の内容を理解しにくくなります。
企画や検証に当事者が参加すれば、制作側だけでは気づけなかった問題を見つけられます。ただし、特定の人の意見を、同じ属性を持つすべての人の意見として扱うべきではありません。必要に応じて複数の当事者や専門家から意見を聞き、動画の目的や公開方法に合った対応を選びます。
Palabraは、障害のある人、外国人、高齢者などの声を基に、映像やイベントのバリアフリー化を支援しています。字幕、音声解説、手話、多言語対応を提供するだけでなく、当事者による検証やスタッフ研修、広報支援まで行っています。
このように当事者と協力して進めれば、完成した動画だけでなく、企業の情報発信や顧客対応も見直せます。動画を見て関心を持った人が、問い合わせ窓口や店舗を利用できなければ、動画で示した姿勢と、利用者が実際に受ける対応にずれが生じます。Webサイト、問い合わせ窓口、採用活動、商品・サービスの提供方法まで見直す必要があります。
当事者との対話は、動画を見やすくするためだけのものではありません。企業が誰に商品やサービスを届け、誰とともに働くのかを見直すためにも必要です。
理念と実態のずれも露呈する
インクルーシブ動画の制作には、通常の会社紹介動画より多くの時間と費用がかかる場合があります。字幕、手話、音声解説、翻訳を用意するには、原稿の作成、専門家による確認、収録、編集、当事者による検証などが必要です。複数の媒体で配信する場合は、動画や字幕データの形式も確認しなければなりません。
画面に表示する情報が増えれば、映像が見にくくなる可能性もあります。字幕、手話、図表、登場人物、説明用の文字を一つの画面に詰め込むと、かえって内容を追いにくくなります。すべてを一つの画面に表示するのではなく、字幕の表示を切り替えられるようにする、手話付きの動画を別に用意する、音声解説の有無を選べるようにするなど、提供方法も検討します。
より大きな課題は、企業理念と実態のずれです。多様性の尊重を掲げながら、採用後も働き続けられる制度がなければ、発信と実態のずれが明らかになります。地域との共生を掲げていても、地域活動が一度きりなら、継続的な取り組みとして紹介することはできません。
映像は具体的であるほど説得力を持ちますが、発信した内容に対する責任も重くなります。制度や活動を実際より良く見せても、従業員や地域の人々には実態との違いがすぐに分かります。多様な人々を企業イメージのためだけに利用していると受け取られるおそれもあります。
UNグローバル・コンパクトは、企業が持続可能な事業運営を実現するには、価値体系と原則に基づいて事業を運営し、その原則を戦略、方針、手続きに組み込む必要があるとしています。ISO 26000も、社会的責任に関する原則を実際の行動に移すための考え方を示しています。
インクルーシブ動画も、経営から切り離された広報施策として扱うべきではありません。理念を事業や組織運営に反映する取り組みの一環として制作してこそ、会社紹介として説得力を持ちます。
経営方針に基づいて制作・運用する
インクルーシブ動画の導入は、字幕や手話の発注先を探すところから始めるものではありません。企業理念を確認し、その理念に基づいて実際に行っている取り組みを整理したうえで、動画で何を伝えるのかを決めます。
公開後も事業や制度の変化に合わせて内容を更新できるよう、制作段階で更新方法や管理体制まで決めておきましょう。
理念と実際の行動を整理する
最初に確認するのは、企業として誰に何を伝えたいのかです。会社の知名度を高めたい、採用への応募を増やしたいといった広報上の目的だけでは、インクルーシブ動画で伝える内容を決められません。その会社が社会や地域にどのような価値を提供し、誰とともに成長しようとしているのかまで掘り下げます。
経営理念、パーパス、クレド、行動指針などから、社会貢献、地域との関係、多様性に関する考え方を確認します。複数の文書で異なる表現が使われている場合は、動画でどの考え方を中心に伝えるかを決めます。
次に、理念が実際の行動にどう表れているかを調べます。事業、商品、サービス、雇用、勤務制度、職場環境、顧客対応、地域活動などを確認し、映像で示せる事実を集めます。活動の実績、参加者、継続期間、今後の方針も整理します。
理念に結び付く取り組みが見つからない場合は、動画の演出で取り繕わず、先に事業や制度を見直します。これから始める活動を紹介する場合は、これまでの実績と今後の計画を分け、開始時期や目標を明確にします。
既存の会社紹介動画に字幕や翻訳を追加する場合も、動画内の情報を確認します。事業内容、拠点、制度、従業員の働き方が変わっていれば、字幕や翻訳を加える前に動画の内容を更新します。古い内容のまま翻訳すれば、不正確な情報をより多くの人に伝えることになります。
字幕や手話をどう付けるかを検討する前に、企業として何を伝え、その根拠となる行動をどう示すかを決めましょう。
発信内容に合わせて情報保障を設計する
伝える内容が決まったら、誰に、どこで、どのように見てもらうのかを整理しましょう。自社サイトで公開するのか、採用説明会や商談で上映するのか、展示会や地域イベントで使用するのかによって、必要な情報保障は変わります。
字幕では、音声で伝える内容を文字で示します。会話だけでなく、動画の理解に必要な音や話者の情報も含めます。手話を付ける場合は、手の動きや表情が見える大きさを確保し、字幕や図表と重ならない画面構成にします。
映像でしか分からない情報がある場合は、音声解説が必要です。画面に表示された制度名、人物の動作、施設の様子、図表の内容などをナレーションで補えば、音声だけでも内容を理解しやすくなります。企画段階から音声だけでも内容が伝わるように構成すれば、完成後に説明を追加する負担も抑えられます。
翻訳では、文章を別の言語へ置き換えるだけでなく、企業固有の制度、地域名、専門用語などが正しく伝わるかを確認します。企業理念のように抽象度が高い言葉は、直訳すると意図が変わる場合があります。翻訳者に事業内容や理念の背景を伝え、用語の意味と訳し方を統一します。
すべての情報保障を一つの動画に詰め込む必要はありません。字幕の表示を切り替えられる動画プレーヤーを使う、手話付きの動画を別に用意する、音声解説版を選べるようにするなど、視聴者が必要な形式を選べるようにする方法もあります。
公開前に、台本や試作動画を当事者や専門家に確認してもらいます。完成直前に初めて確認すると、撮影をやり直したり、構成を見直したりする可能性があります。企画、台本、仮編集の各段階で確認し、問題を早めに修正しましょう。
字幕や手話などの情報保障は、完成後に付け足すものではありません。伝えたい内容を正確に届けるため、企画段階から制作工程に組み込みます。
継続的に内容と企業活動を一致させる
会社紹介動画は、公開した時点では正確でも、事業や組織の変化によって内容が古くなります。新しい事業の開始、拠点の移転、制度の変更、地域活動の終了などがあれば、動画の内容と実態が一致しなくなります。
公開後の更新を制作会社だけに任せず、社内に管理責任者を置きましょう。経営方針、事業内容、制度、雇用状況、字幕、手話をそれぞれ誰が確認するのかを決め、更新が必要になったときの連絡・確認手順を整えます。
元の映像、台本、字幕、翻訳、手話映像、音声解説を別々に管理していると、一部だけが更新されない可能性があります。どのデータが最新版かを管理し、公開前に動画本編と字幕、翻訳、手話映像、音声解説の内容が一致しているかを確認します。
公開後は、再生回数だけで成果を判断せず、従業員、応募者、顧客、地域の人々の反応を見ます。企業理念や実際の取り組みが伝わっているか、利用しにくい点がないかを確認し、寄せられた意見を商品・サービス、採用、問い合わせ対応、地域活動の改善にも生かします。
動画で多様性を尊重する姿勢を発信していても、問い合わせ方法が電話だけなら、利用できない人がいます。地域との共生を掲げていても、地域の人々から意見を聞く窓口がなければ、一方向の発信にとどまります。動画だけでなく、その後の問い合わせ、応募、商品・サービスの利用まで含め、理念が実際の対応に反映されているかを確認します。
動画を継続的に更新する体制を整えれば、企業活動そのものも定期的に点検できます。動画で伝える内容と実態にずれが生じないよう、理念に沿って事業や制度も見直し続けましょう。
まとめ

企業が社会貢献、地域貢献、多様性の包摂を掲げても、スローガンだけでは説得力を持ちません。企業の姿勢は、事業、雇用、地域との関わり、顧客対応など、実際の行動に表れて初めて伝わります。
既存の会社紹介動画に字幕、手話、音声解説、翻訳を加える取り組みにも意義があります。ただし、それだけで企業理念や実際の取り組みまで伝わるわけではありません。理念を掲げるなら、その理念に基づいて何をしているのかも映像で示す必要があります。
インクルーシブ動画は、企業活動を宣伝するだけの手段ではありません。社会や地域との関係を見直し、多様な人が参加できる組織や事業を築くために、持続可能な成長を目指す経営の中に組み込むべきものです。
参考文献
The Ten Principles|UN Global Compact
手話、字幕付きユニーバーサル企業動画を制作しました|せとのわ
