「論語と算盤」の教えとは?現代に活きる渋沢栄一の経営哲学

売上が伸びても、顧客が離れ、働く人が疲れ果ててしまえば、事業は長く続きません。渋沢栄一が説いた「論語と算盤」は、道徳と利益をともに考える経営の指針です。社会に役立つ事業を育て、適正な利益を得て、その利益を人と事業に生かす。顧客との信頼関係を育て、働く人が力を発揮できる環境を整えるという考え方も、現代の経営に通じます。目先の数字にとらわれず、事業を続けるために何を重視するか、渋沢の思想から考えてみましょう。

【関連記事】「何も考えず、よく寝ること」が最高の自己投資?脳を育てる習慣とは

道徳と利益が両立してこそ事業は続く

渋沢栄一は、商売で利益を得る行為そのものを否定しませんでした。社会に役立つ仕事を続けるには、事業が発展し、収益を上げる必要があります。一方、利益だけを優先して相手を欺けば、商売を支える信頼は失われます。顧客に価値を届けながら事業を続けるには、道徳と利益の両方を踏まえて判断しなければなりません。

利益を生む過程に道徳を置く

『論語と算盤』で渋沢が説いたのは、正しい手段で富を得ることと、人や社会に尽くすことの両立です。『合理的の経営』では、自分一人の利益よりも、多くの人に役立つ仕事を重んじています。そして、多くの人に利益をもたらすには、事業そのものが堅実に発展しなければならないと述べています。渋沢は、事業を続けるための利益と、社会に果たす役割を切り離さずに考えていました。

たとえば、顧客が求める品質を守るためには、材料や設備を整え、働く人の技能を高めるために費用をかけなければなりません。販売後に使い方を説明したり、問題が起きた際に対応したりするにも、人手と時間がかかります。その費用を賄える利益がなければ、顧客に約束した水準を保ち続けるのは困難です。適正な利益は、商品やサービスの品質を保ち、顧客への責任を果たし続けるためにも欠かせません。

価格の決め方にも同じ考えが当てはまります。安さだけを競えば、その場では選ばれやすくなっても、十分な説明や購入後の対応に費用をかけにくくなります。商品やサービスの価値と、その価格に設定した理由を伝え、約束した内容を確実に届ける方が、取引を続けるための基盤を築けます。

反対に、今期の数字を優先して商品の弱点を隠したり、不要な契約を勧めたりすれば、一時的に売上を増やせるかもしれません。しかし、利用後に顧客が期待との違いに気づけば、次の契約や周囲への紹介は望みにくくなります。顧客の判断に必要な情報を示し、約束した品質を守る。その積み重ねが、次も顧客に選んでもらうための土台になります。

顧客LTVを長期的な関係から考える

顧客LTV(顧客生涯価値)は、一人の顧客との取引が続く間に得られる売上や利益を捉える指標です。初回の購入額に加え、その後の購入や取引の継続期間も見ることで、顧客との関係が長期的な収益にどう結び付いているかを確かめられます。顧客LTVを見れば、顧客に役立つ事業を長く続けるという考えを、現在の取引に照らして検討できます。

顧客LTVを高めようとするなら、顧客が商品やサービスを使い続けたいと思う理由を考える必要があります。導入時の説明が十分なら、顧客は期待できる効果と利用条件を理解したうえで選べます。利用中の問い合わせに応え、寄せられた不満を踏まえて商品を改善すれば、使い続ける価値も高まります。長期的な取引は、解約しにくい仕組みをつくるだけでは育ちません。顧客が次も選びたいと思える状態を、日々の仕事でつくっていくのです。

一方、契約が続いているという数字だけでは、顧客が商品やサービスを実際に役立てているか分かりません。取引の継続期間に加え、顧客が利用中に何に困り、どの機能や対応を評価しているかを確かめれば、改善点が具体的になります。顧客LTVを見る際には、利用状況や顧客の声も合わせて確認します。

もちろん、利用を続けてもらうには事業側にも収益が必要です。過度な値引きで取引を増やしても、品質を維持する費用やサポートの人員を確保できなければ、サービスの質を維持できなくなります。顧客に価値を届けながら事業の採算も保ち、得た利益を商品や顧客対応の改善に充てます。この循環が続けば、顧客が受け取る価値は高まり、事業にも継続的な収益が生まれます。

信頼を次の投資につなげる

利益の使い道にも、経営の姿勢は表れます。顧客の要望や不具合を把握したなら、品質の改善や説明の見直しに資金を振り向けられます。従業員が新しい知識を学ぶ時間を確保すれば、次の相談にはより的確に応えられるでしょう。得た利益を品質や顧客対応の改善に使えば、一度得た信頼に応え続けられます。

利益をどこに再投資するか決めるときは、目先の売上だけでなく、顧客との関係が今後どう変わるかも考えなければなりません。販売を増やす施策と、既存の顧客への対応を改善する施策が競合したとき、今月の売上だけでは後者の価値を測れません。問い合わせの内容や、利用をやめた理由、取引を続けている顧客の声を確かめれば、投資先を判断しやすくなります。目先の利益だけでなく、顧客との長期的な関係も考える姿勢に、「論語と算盤」の現代的な意味があります。顧客にとっての価値を問い直す習慣が、次の投資をより確かなものにします。たとえば、問い合わせが集中する点を改善すれば、顧客の手間が減り、対応する側もより難しい相談に時間を使えます。顧客の手間がどれだけ減り、現場の対応がどう改善するかを確かめながら、投資の優先順位を決められます。

公益を実現するために人と資本を集める

社会に役立つ事業でも、一人の資金や知恵だけで育てるには限界があります。渋沢が重視した合本主義は、公益という目的のために人材と資本を集め、事業を進める考え方です。事業に関わる人々が目的を共有し、それぞれの知識や経験を持ち寄ります。その仕組みが、社会に必要な事業を長く支えます。

目的を共有して事業を動かす

渋沢栄一記念財団によると、合本主義は、公益の実現に適した人材と資本を集めて事業を進める考え方です。資金とともに、その事業が社会にもたらす価値を理解し、経営や現場の仕事を担う人が求められます。関わる人が資金の使い道と事業の目的を共有する点に、合本主義の特徴があります。

渋沢は銀行をはじめ、鉄道など多くの事業に関わりました。渋沢栄一記念財団によると、関与した会社は約500社に上ります。銀行が事業資金を供給し、鉄道が人や物を運ぶように、異なる事業がそれぞれの役割を果たすことで、生活や産業を支えられます。

渋沢が幅広い事業に関わった背景には、一社の利益にとどまらず、各事業が社会に果たす役割を重んじる考えがありました。銀行による資金の供給と、各分野での設備やサービスの充実を結び付け、産業全体の発展を支えようとしたのです。

現代でも、社会に必要な仕事ほど、専門の異なる人の協力が欠かせません。新しいサービスを始める場合、資金を用意する人、顧客の課題を理解する人、商品をつくる人、利用後の対応を担う人がいます。各担当者が自分の仕事だけを見ていると、つくった商品やサービスを顧客の課題に十分役立てられません。事業の目的を共有すれば、何を優先し、どこに資金と労力を使うかを話し合えます。

利益を分かち、次の仕事へつなげる

渋沢栄一記念財団によると、渋沢は事業で利益を上げることを重視しつつ、それを一部の人が独占することには反対しました。出資した人に利益が行き渡り、事業に加わる人々が力を発揮できる仕組みを目指しました。集めた資金で事業を育て、得られた利益を次の活動に生かすところまで、経営者の判断が問われます。

利益を得られない事業は、設備の維持や人材の育成に費用をかけ続けられません。一方で、利益を一部の人が抱え込み、顧客への対応や働く人の成長に投資しなければ、事業を支える力は弱まります。事業で得た利益から出資者に適切に報い、働く人の環境づくりや、次の商品・サービスの開発にも資金を充てます。こうした選択によって、事業の成果が次の価値を生む土台になります。

資金を集める際にも、出資する人には事業の目的と収益の見通しを説明する必要があります。目的だけを語り、採算の見通しを示さなければ、出資する人は事業を支え続けられるか判断できません。収益だけを約束して社会にどんな価値を届けるかが曖昧なら、事業を進める人も判断に迷います。目的と採算の両方を明らかにする姿勢が、協力を長く続けるために役立ちます。

顧客に必要なサービスを安定して届け、仕事を担う人を育て、協力先との取引を続けることも、事業を通じた社会への貢献です。事業が止まれば、その価値も途切れます。公益を実現するためにも、収益を確保して事業を続けられる仕組みが求められます。

協力の輪を外部へ広げる

渋沢栄一記念財団の研究解説によれば、渋沢は経営を担う人に、実行力だけでなく、協力できる相手を見つけ、関係を築く力も求めました。事業の目的を一人で抱え込まず、力を貸してくれる人を増やす姿勢です。出資者の意見と現場の課題を踏まえれば、事業の実情に合った判断ができます。

事業が計画どおりに進まないときは、出資者と資金の見通しを確かめ、現場の担当者とは作業量や期限を見直します。それぞれの事情を踏まえて計画を立て直せば、一部の人に負担を集中させず、事業を続ける方法を探れます。

たとえば、顧客から相談を受けた担当者が、製品をつくる人へ課題を伝える。製造や運用に携わる人が、改善に必要な費用と期間を説明する。取引先とも、納期や品質について無理のない条件を相談する。こうした協力があれば、一部の担当者だけが負担を引き受ける状態を避けながら、顧客の課題に応えられます。目的を共有する人たちが、それぞれの知識や経験を仕事に生かせるようにすることが、現代の事業でも大切です。

人が集まっても、その能力が十分に発揮されなければ、協力は形だけになります。役割を決める際には、本人の得意分野を知り、意見を交わし、成長の機会を用意することが欠かせません。公益のために人と資本を集めるなら、参加した人が力を発揮できる環境も整えなければなりません。資金を集める力と、人が安心して働き、協力できる場をつくる力は、どちらも事業を続けるために欠かせません。集めた資金を社会に役立つ事業へ生かすには、目的に賛同した人が力を発揮できる環境が欠かせません。

人を活かす経営が価値を育てる

事業を支える人たちは、それぞれ異なる経験や得意分野を持ち、仕事に対する考え方も違います。渋沢が説いた適材適所と人を尊重する姿勢からは、能力を発揮できる場をつくる経営の大切さが見えてきます。一人ひとりの力を生かせる職場が、顧客対応や事業の質を高めます。

適材適所は人を尊重する姿勢から始まる

『論語と算盤』の「人は平等なるべし」で、渋沢は適材を適所に置くことを重んじています。同時に、協力する人を自分の勢力を築くための道具として扱わず、その人が広い場で力を発揮することを望んでいました。渋沢は、自分のもとでは十分に力を発揮できない人が、外で活躍することも望んでいました。重んじたのは、人を組織にとどめることより、その能力を生かすことでした。

現代の職場で適材適所を考えるときも、職歴や現在の肩書だけでは、その人に合う仕事は決められません。顧客の話を丁寧に聞く、複雑な作業を整理する、新しい方法を試すなど、人によって力を発揮しやすい場面は異なります。本人が何を得意とし、どんな仕事に取り組みたいかを聞いたうえで役割を決めれば、任された仕事にも自分の考えを生かせます。

得意な仕事を任せるだけでなく、新しい分野を学べるようにすることも大切です。今できる仕事を確かめたうえで、次に学びたい内容や引き受けたい役割を話し合います。得意分野を生かす機会と、新しい分野に挑戦する機会を両方用意すれば、現在の仕事を支えながら将来の選択肢も増やせます。

そのためには、役割を固定しすぎないことも大切です。経験の少ない分野に挑戦したい人には、学びながら担当を広げる機会をつくる。今の仕事で専門性を深めたい人には、難しい案件を相談しながら任せる。希望と事業の課題をすり合わせ、仕事を通じて力を伸ばせるようにすることが、人を活かす経営につながります。

失敗への対応が次の成長を決める

人を育てる姿勢は、成果が出たとき以上に、失敗への対応に表れます。アクサ生命が紹介した渋沢の発言では、部下が過失で道具を壊したとき、本人をその場で責めるより、普段から仕事への注意を促す接し方が示されています。相手の立場や考え方に合わせ、失敗を本人の次の行動につなげようとする姿勢がうかがえます。

職場の失敗には、それぞれ原因があります。手順を知らなかったのか、確認する時間が足りなかったのか、相談しづらい雰囲気があったのか。原因を確かめずに叱るだけでは、同じ問題が繰り返されます。本人の説明を聞き、不足していた知識や仕事の進め方を一緒に見直せば、本人も次の判断に生かせます。顧客への影響があれば対応を急ぎ、その後で本人と一緒に経緯を振り返る順序も大切です。

学ぶ時間を確保することも、経営者の大切な判断です。目の前の案件で予定が埋まっていると、振り返りや知識の共有は後回しになります。しかし、同じ質問への回答や同じ作業のやり直しが続けば、忙しさは解消しません。仕事の中で起きた疑問を持ち寄り、手順や判断の理由を確かめる時間をつくることが、次の仕事を進めやすくします。

失敗に至った経緯を共有すれば、ほかの担当者も同じ問題を避けやすくなります。顧客から受けた質問や、作業で迷った理由を残しておけば、次の担当者は判断に必要な情報を得られます。担当者だけの経験で終わらせず、手順や判断の理由を見直して共有すれば、次の仕事に生かせる知識が組織に残ります。

人が育つと顧客への価値も育つ

働く人が力を発揮するには、任せるだけでなく、学ぶ機会と意見を伝えられる環境が要ります。顧客への説明が難しいと感じた担当者の声を聞けば、資料や案内の改善点が見つかります。現場から出た提案を検討し、実施した結果を共有すれば、提案した人は、自分の意見が仕事の改善に役立ったと実感できます。日々の工夫を受け止める姿勢が、次の提案を生みます。

こうした改善は、顧客が受け取る価値にもつながります。説明が分かりやすくなれば、顧客は自分に合う商品や使い方を選べます。問い合わせに答える人が経験を共有していれば、担当者が替わっても必要な支援を続けられます。顧客との関係が長く続く背景には、商品そのものに加え、それを支える人たちの知識と判断があります。

人材育成の成果には、顧客LTVに表れる事業の成長だけでなく、本人の成長や仕事への納得も含まれます。働く人にとっても、能力を伸ばし、納得できる仕事に取り組めることは大切です。一人ひとりを尊重し、力を生かせる場を用意すれば、顧客への対応が良くなり、事業の発展にもつながります。人を活かす経営は、公益と利益を両立させるための土台です。仕事を担う人が顧客のために判断し、必要な改善を提案できる環境を保つ。こうした仕事を重ねることで、顧客や社会に届ける価値を高め続けられます。そのためにも、顧客への成果だけで働く人の成長を判断せず、本人が希望する仕事や今後の働き方に耳を傾けることが大切です。

まとめ

渋沢栄一の経営哲学には、事業を長く続けるための一貫した考えがあります。顧客や社会に役立つ仕事をして適正な利益を得る。その利益を品質の改善や人材育成に使い、さらに多くの人に価値を届ける。道徳経済合一説はこの経営の姿勢を示し、合本主義は目的を共有する人と資本を集める方法を示しています。人を活かす経営によって、集まった人たちがそれぞれの力を発揮できます。

現代の事業でも、顧客LTVを高めるには、顧客が利用を続けたいと思える価値が欠かせません。現場の知識と経験を育て、顧客の声を仕事の改善へつなげれば、信頼と収益をともに積み重ねられます。目先の売上だけでなく、顧客と働く人への影響、事業の将来を見据えて判断する姿勢が求められます。

仕事も人生の一部です。自分の長所や置かれた状況を見つめ、何に力を注ぎ、誰に価値を届けたいかを考える。長く続けられる仕事を選び、日々の判断を重ねるうえでも、渋沢の考えは一つの指針になります。

参考文献

渋沢栄一記念財団「義理合一[義利合一]の信念を確立せよ」

渋沢栄一記念財団「人は平等なるべし」

渋沢栄一記念財団「大立志と小立志との調和」

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太