
量子コンピューティングの世界で、日本の研究チームが光を用いた新たな量子コンピュータの開発で世界をリードしています。この技術は、従来のコンピュータを遥かに凌ぐ計算能力を秘めており、様々な分野に革命をもたらす可能性があります。
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光量子コンピュータとは
光量子コンピュータは、光子を用いて量子情報を処理する次世代のコンピュータシステムです。この技術は、量子力学の原理を活用し、従来のコンピュータでは困難だった複雑な計算を高速かつ効率的に実行することができます。光量子コンピュータは、光の最小単位である光子に情報を載せ、その通り道となる光回路を作ることで計算を行います。
【参考】新方式の量子コンピュータを実現
光量子コンピュータの仕組み
光量子コンピュータの基本的な仕組みは、量子ビットの情報を持つ多数の光パルスを大きなループ型のメモリに蓄え、それらの光パルスに1個のプロセッサによって順々に演算処理を実行することです。この方式では、量子性の強い光パルスを導入することで、非線形演算も可能になり、あらゆる計算が可能な量子コンピュータが実現できます。
具体的には、光量子コンピュータは「時間分割多重化」と「測定誘起型」という技術を組み合わせています。特殊な光を用いて、粒子同士に強い結びつきができる大規模な「量子もつれ状態」を作り出し、複雑な計算を効率的に実行します。
光量子コンピュータの特徴として、計算のクロック周波数を数百テラヘルツという光の周波数まで高められる可能性があること、ほぼ室温での動作が可能であること、光多重化技術によりコンパクトなセットアップで大規模計算が可能であること、そして光通信と親和性が高く、量子コンピュータネットワークの構築が容易であることが挙げられます。
日本の主要研究機関の取り組み
日本の主要研究機関は、光量子コンピュータの開発において世界をリードする成果を上げています。以下に、各機関の最新の取り組みを紹介します。
東京大学
東京大学の研究チームが、大規模な計算も最小規模の光回路で効率よく実行できる「大規模光量子コンピュータ」方式の心臓部となる独自の光量子プロセッサの開発に成功しました。3個の光パルスで様々な計算ができる独自の光量子コンピューターを開発し、複数個の光パルスに対する線形光学変換を可能にし、より複雑な計算処理への道を開きました。
この技術の特徴は、量子ビットの情報を乗せた多数の光パルスを時間的に一列に並べ、大きなループ(情報を蓄えるメモリの役割)の中に閉じ込めた上で、その中に1個の計算回路(光量子プロセッサ)を組み込むというアイデアです。この構造により、多数の光パルスが1個の計算回路を繰り返しループしながら何ステップでも計算を続けられるため、どれほど大規模な計算でも最小規模の回路で実行できます。
【参考】3 個の光パルスで様々な計算ができる 独自の光量子コンピュータを開発
理化学研究所
理化学研究所を中心とする共同研究グループが、新方式の光量子コンピューターを開発し、クラウドシステムを通じて利用可能にしました。高速かつ大規模な量子計算が可能となっています。
この光量子コンピュータの特徴は、量子ビットではなく連続量を計算対象として扱えることや、量子現象の一つである「量子テレポーテーション」を使って計算できることです。約100個の連続量の入力に対し任意のステップで線形演算が可能となっており、連続量の最適化問題などへの応用や、非線形変換の機能を導入することでニューラルネットワークへの応用も期待されています。
NTT
NTTが世界初となる量子性の強い光パルスを用いた汎用型光量子計算プラットフォームを実現しました。非線形演算を含む高度な計算が可能となりました。NTT先端集積デバイス研究所が作製した光パラメトリック増幅器が、この光量子コンピュータの基幹部として提供されています。
富士通
富士通が量子棟の建設を開始しました。2026年度までに完成予定で、超伝導量子コンピュータと光量子技術の融合を推進しています。
これらの日本の主要研究機関による光量子コンピュータの開発は、世界をリードする成果を上げています。特に、理化学研究所の光量子コンピュータはクラウドベースのシステムとして提供されており、共同研究契約のある団体はインターネットを介して利用することができます。このクラウドシステムは、量子コンピュータのクラウド基盤を作るFixstars Amplifyが手掛けています。
今後の展望として、光量子コンピュータを真に実用的なものとするために、さらなる多入力化、超高速化、非線形操作の導入、アプリケーションの探索といった課題の解決が予定されています。金融、医療、新素材開発、AIなど、幅広い分野での応用が期待されており、日本の光量子コンピュータ技術が世界の量子コンピューティング分野をリードしていくことが期待されます。
量子コンピュータの種類と特徴:汎用型と特化型

量子コンピュータには、汎用型と特化型の2つの主要なカテゴリーがあります。それぞれ異なる特徴と用途を持ち、開発や応用が進められています。ここでは、それぞれの特徴、メリット・デメリット、そして計算方式について詳しく解説します。
【参考】「量子コンピュータ」はどうやって動いているのか? プログラミングはどのようなものか?
汎用型と特化型の違い
汎用型量子コンピュータ
汎用型量子コンピュータは、さまざまな量子アルゴリズムを実行できる柔軟性を持つシステムです。古典的なコンピュータと同様にプログラミングが可能で、金融、医療、新素材開発など幅広い分野の問題に対応できます。任意の量子状態から別の状態へ高精度で変換できる万能性や、量子ビット数を増やすことで計算能力を拡張できるスケーラビリティが大きな強みです。一方で、量子ビット数が増えるほどノイズの影響が大きくなり、エラー訂正技術の高度化が不可欠です。また、ハードウェア開発や運用コストが高く、極低温環境など特殊な運用条件が求められる場合があります。実用化にはまだ10年以上の時間が必要とされており、2035年以降の大規模モデルの実現が有力視されています。
特化型量子コンピュータ
特化型量子コンピュータは、特定の問題や計算(例:組み合わせ最適化問題、機械学習など)に特化して高い性能を発揮するシステムです。代表的な方式として「量子アニーリング方式」があり、イジングモデルなどの数式を解くことで最適解や近似解を高速に算出します。特定用途において古典コンピュータを上回る高速性や、汎用型に比べてハードウェア設計がシンプルで実装しやすい点が特徴です。また、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)デバイスとして、ノイズ耐性が不完全でも実用的な計算が可能です。すでにD-Wave社の商用量子アニーリングマシンが存在し、実際に交通渋滞緩和の最適化などで実証実験や部分的な実用化が進んでいます。ただし、対応できる問題が限定されており、汎用性がありません。
両者の特徴と比較
- 汎用型量子コンピュータは実用化までに10年以上かかるとされ、2035年以降の大規模モデル実現が目標であるのに対し、特化型量子コンピュータは既に商用機が存在し、実験段階から部分的な実用化に進んでいる。
- 汎用型は幅広い問題に対応可能で高い柔軟性を持つが、特化型は特定の問題に限定される。
- 汎用型は量子ビット数の大幅な増加とエラー訂正技術の進展が必要で、ハードウェアや運用コストも高い。特化型は比較的シンプルで、ノイズ耐性が不完全なNISQデバイスとして実用化が進む。
- 汎用型は今後の技術革新が鍵となり、特化型は既に交通最適化やマーケティングの分野で実証実験や部分的な実用化が行われている。
量子コンピュータの主要な型式
現在開発されている量子コンピュータにはさまざまなハードウェア形式があります。以下はその代表的なものです。
超伝導型
- 極低温で動作する必要がありますが、集積化が比較的容易です。
- IBMやGoogleなど、大手企業が開発を進めています。
イオントラップ型
- 高精度な量子ゲート操作が可能であり、安定した計算性能を持ちます。
- レーザーによる制御が必要で、装置は大型化しやすい傾向があります。
光量子型
- 室温で動作可能であり、光通信技術との親和性が高いです。
- 将来的にはネットワーク構築にも活用されると期待されています。
量子コンピュータの計算方式
量子コンピュータは、その動作原理によって大きく2つの計算方式に分類されます。それぞれ異なる特性を持ち、適した用途も異なります。
量子ゲート方式
- 量子ビットに対して論理ゲート(ANDゲートやORゲートなど)を適用して計算を行います。
- 汎用的な量子計算が可能であり、高速化されたアルゴリズム(例:グローバー探索アルゴリズム)が利用できます。
- 課題としては、ノイズ耐性と誤り訂正技術の向上が求められます。
量子アニーリング方式
- 組み合わせ最適化問題の解決に特化しています。
- イジングモデルという数式を基盤としており、D-Wave Systemsなどが商業化しています。
- 限定された用途では非常に効率的ですが、汎用性には欠けます。
【参考】量子アニーリング方式
これらの技術開発により、量子コンピュータは今後さらに多様な分野で活躍することが期待されています。汎用型と特化型、それぞれの長所と短所を理解しながら社会実装を進めることが重要です。
より安全な通信を実現!量子インターネットとは
量子インターネットは、インターネットセキュリティに革命をもたらす可能性を秘めています。従来の暗号技術では、将来的に量子コンピュータによる解読の脅威がありますが、量子インターネットはこの問題を根本的に解決し、理論上絶対に安全な通信を実現します。
【参考】発展・実用化が期待される「量子セキュリティ・量子インターネット」とは?
量子暗号通信
量子暗号通信は、量子力学の原理を応用することで理論上解読不可能な通信を実現する技術です。その中核となるのが量子鍵配送(QKD)とワンタイムパッド(OTP)の組み合わせです。
量子鍵配送(QKD)
量子鍵配送(QKD)は、光子の量子状態を利用して暗号鍵を安全に共有する技術です。このプロセスでは、光子の偏光や位相といった量子状態に乱数を符号化し、送信者と受信者間で鍵を生成します。量子力学の性質上、盗聴者が光子を観測すると量子状態が不可逆的に変化するため、第三者による傍受を確実に検知できます。現在の実用レベルでは、50km圏内で300kbps程度の鍵配送速度が達成されています。
ワンタイムパッド(OTP)
ワンタイムパッド(OTP)は、QKDで共有した暗号鍵を用いてデータを暗号化する方式です。送信データとまったく同じ長さの暗号鍵を排他的論理和(XOR)で適用し、一度使用した鍵は即座に破棄します。この手法は数学的に解読不可能であることが証明されており、暗号鍵の安全性が保たれている限り、いかなる計算能力を備えたコンピュータでも解読不能です。
量子鍵配送とワンタイムパッドを組み合わせることで、従来の暗号技術を超える「情報理論的安全性」が実現されます。このシステムは、量子コンピュータの登場による既存暗号の脆弱化リスクに対しても絶対的な耐性を発揮します。現在、金融機関や政府機関を中心に実証実験が進められており、将来的には医療データや重要インフラの通信セキュリティ強化に不可欠な技術となることが期待されています。
量子暗号通信の課題
量子暗号通信には、いくつかの課題が存在します。
- 通信速度と距離の制限:現在の技術では、50km圏内で300kbps程度の鍵配送速度に限られています。
- 中継ノードのセキュリティ:長距離通信では中継ノードが必要となり、各ノードでの秘密鍵の管理が課題となります。
- 実装・製造上の問題:理論上は安全でも、実際の装置には脆弱性が存在する可能性があります。
- コストと普及:量子暗号通信システムの導入には高いコストがかかり、普及には時間がかかる可能性があります。
これらの課題を解決するため、継続的な研究開発が進められています。
量子もつれと量子テレポーテーション
量子もつれは、2つ以上の粒子が量子力学的に強く相関している状態を指します。この現象を利用した量子テレポーテーションは、量子情報を瞬時に転送する技術です。
量子もつれと量子テレポーテーションの応用により、以下のような利点が期待されています。
- 長距離量子通信の実現:量子もつれを利用することで、理論上は無限の距離での量子通信が可能になります。
- 量子ネットワークの構築:量子もつれを共有することで、複数の量子コンピュータをつなぐ量子ネットワークの構築が可能になります。
- 分散量子計算:量子テレポーテーションにより、複数の量子コンピュータ間で量子状態を転送し、協調して計算を行うことが可能になります。
東京大学の研究チームは、量子もつれを利用した「量子もつれ増幅技術」を開発しました。
- 光子の損失率を低減:従来の1/10に抑えることに成功。
- 量子テレポーテーション効率の向上:3つの光パルス間の効率を92%まで向上。
- 非線形演算機能の追加:ニューラルネットワークへの応用の可能性を開拓。
これらの成果は、より効率的で安全な量子通信ネットワークの実現に大きく貢献すると期待されています。
量子インターネットの実現により、従来のインターネットでは不可能だった絶対的な安全性と、量子コンピュータの能力を最大限に活用できるネットワークが構築されることが期待されています。今後の研究開発により、これらの技術がさらに進化し、私たちの日常生活にも大きな影響を与える可能性があります。
光量子コンピュータが拓く未来

光量子コンピュータの開発は、計算科学に革命をもたらす可能性を秘めています。日本の研究チームによる最近の成果は、この分野での大きな前進を示しています。
これらの技術は、金融、医療、材料科学、機械学習、最適化問題など幅広い分野での応用が期待されています。今後、多入力化、超高速化、非線形操作の導入などの課題に取り組むことで、スーパーコンピュータを超える性能を持つ誤り耐性型万能量子コンピュータの実現に向けて研究開発が進められていくでしょう。