
企業の戦略立案において、総論と各論の理解は不可欠です。総論は企業全体の方針やビジョンを示し、各論はその具体的な実行計画を指します。この二つの視点が乖離すると、企業内での合意形成が難しくなり、戦略実行に支障をきたすことがあります。「総論賛成・各論反対」という現象は、多くの企業で見られる課題であり、これを適切に解決することが戦略成功の鍵となります。本記事では、この現象が発生する背景や原因を分析し、健全な合意形成のための具体的なヒントを提示します。
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「総論賛成・各論反対」はなぜ起こる?
「総論賛成・各論反対」とは、大きな方針には賛同するものの、具体的な施策に対して反対意見が出る現象を指します。この現象は、戦略立案における重要な課題として、多くの組織で見られます。総論が抽象的であるため賛同を得やすい一方、各論が具体的であるため利害対立が生じやすいという特徴が背景にあります。
【参考】総論賛成・各論反対とは?合意形成するために注意すべき点とは?
総論と各論とは
総論は企業全体の大きな方針やビジョンを示し、各論はその具体的な実行計画や施策を意味します。たとえば、「デジタルトランスフォーメーション推進」という総論は広く支持されることが多いですが、その具体的施策である「基幹システムの全面刷新」などの各論では、部門ごとに異なる影響を受けるため反対意見が出ることがあります。総論は抽象的であるため合意を得やすい一方、各論は具体性が高いため利害対立が生じやすい特徴があります。
「総論賛成・各論反対」という現象
企業内で「総論賛成・各論反対」が発生する典型的な例として、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進が挙げられます。例えば、経営陣が「DXを進めて業務効率化を図るべきだ」という方針(総論)を掲げた場合、多くの社員はその方向性には賛同します。しかし、具体的な施策(各論)として「基幹システムの全面刷新」を提案すると、現場から反発が起こることがあります。営業部門では「新システムの使い方を学ぶ時間がない」や「既存の顧客対応に支障が出る」といった懸念が表面化し、一方でバックオフィス部門では「業務効率化につながる」として支持される場合もあります。
このように、総論は抽象的であるため賛同を得やすい一方、各論は具体的な影響が明確になるため利害対立が生じやすいという特徴があります。また、「環境への配慮」という総論に賛成しつつも、「社内でペーパーレス化を徹底する」という具体策に対しては、「紙の資料が必要な場面もある」といった現場の声が上がり、実行段階で停滞することがあります。
さらに、現場では心理的な不安も影響します。新しい施策が導入されることで業務負担が増えるのではないかという懸念や、新しい技術に適応できないのではないかという恐れが反対意見の背景にあることも少なくありません。この現象は、個々の部門や社員が自分たちの業務への影響を考え始める段階で顕在化するため、戦略実行の大きな障壁となります。
総論と各論の乖離が起こる理由
総論と各論の間に乖離が生じる理由は、組織内の構造やコミュニケーション不足など複数の要因によります。総論は企業全体の方向性を示す抽象的な概念ですが、実際にそれを実行する段階では具体的な施策(各論)によって部門ごとの影響が異なるため、摩擦が生じます。このセクションでは、乖離を引き起こす主な要因について詳しく説明します。
総論の曖昧さ
総論は複雑な内容を単純化して提示されることが多いため、解釈に幅が生まれます。この曖昧さが、各部門や個人によって異なる期待や懸念を引き起こします。たとえば、「働き方改革」という総論には賛成でも、その具体策である「リモートワークの推進」については、現場の事情によって賛否が分かれることがあります。
部門間の利害対立
具体的な施策になると、部門ごとの利害や優先順位が明確になり、調整が難しくなることがあります。例えば、一部門には利益となる施策でも、他部門には負担となる場合があります。このような利害関係の違いから、総論への賛成にもかかわらず各論では反対意見が出てしまいます。
現場との認識ギャップ
戦略立案者と現場担当者との間に認識のズレがある場合も問題です。現場では「また仕事が増える」「リソース不足」といった懸念があり、それが抵抗感につながります。たとえば、新しいプロジェクト導入に伴う追加業務負担について、現場から反発されるケースがあります。
健全な組織づくりに向けて
「総論賛成・各論反対」は、多様性ある組織では自然な現象です。この問題を建設的に捉え、解決するためにはいくつかのアプローチがあります。
段階的アプローチ
総論から各論へ段階的に落とし込むプロセスを設けることで、関係者間で理解を深めることができます。例えば、小規模なテスト導入から始めて徐々に拡大する方法です。このアプローチによって、大きな方針への賛同から具体的施策への移行をスムーズに進められます。
フィードバックループの構築
実行状況から得られた知見を総論にフィードバックし、柔軟に戦略を調整する仕組みを作ります。このループによって一貫性と柔軟性を両立できます。たとえば、新システム導入後の運用状況について定期的にレビューを行い、その結果を基に改善案を提案する仕組みです。
現場との対話
戦略立案段階から現場担当者の声を取り入れる仕組みを作りましょう。これにより実行可能性が高まり、現場での抵抗感も軽減されます。ヒアリングやワークショップなどを通じて現場の意見を収集することで、戦略立案者と現場との認識ギャップを埋めることができます。
合意形成のケーススタディ:フレックスタイム制の導入

ここでは、フレックスタイム制の導入における「総論賛成・各論反対」の状況を題材に、段階的な課題共有と合意形成のプロセスを解説します。社内ルールの変更では、「総論賛成・各論反対」の典型例を見ることができます。フレックスタイム制の導入は、多くの企業で注目される働き方改革の一環ですが、その実現には合意形成が欠かせません。「柔軟な働き方を取り入れたい」という総論には賛成するものの、「具体的な制度設計」や「労働時間管理」に関する各論で反対意見が出ることが少なくありません。
社内ルールの改定というゴールに向けた合意形成の進め方について見ていきましょう。
フレックスタイム制導入における「総論賛成・各論反対」
フレックスタイム制は、一定期間内の総労働時間をあらかじめ決めた上で、始業時刻や終業時刻を従業員が自由に決められる制度です。この制度は、柔軟な働き方を可能にし、「ワークライフバランスを向上させる」という大きなメリットがあります。そのため、多くの社員や経営陣はこの方向性(総論)に賛成します。
しかし、具体的な施策(各論)となると、次のような反対意見が出てきます。
ヒアリングによる反対意見
全社員向けの説明会で行われた質疑応答の様子を以下に示します。この場では、従業員全員が参加し、自由に意見を述べることができました。
- A:「フレックスタイム制そのものは便利だし、会社のアピールポイントにもなると思うけど、使いやすいものにしてほしい。例えば、フルフレックスじゃないと意味がないよね。」
- B:「それはそうだけど、誰がいついるかその都度確認しないといけないっていう状況になると困りますよね。やっぱり人によって勤務時間は固定してほしいと思います。」
- A:「でも、それだと結局今までと変わらないんじゃない?柔軟性を持たせることが重要なんだから、ある程度自由度を持たせるべきだと思う。」
- C:「私はどうかと思います。自由度が高すぎると逆に不公平感が出ませんか?特定の職種だけが恩恵を受けているように感じます。」
- D:「私はお客さん都合で勤務時間が決まるので、正直恩恵は薄いかな。こういう制度ってデスクワーク中心の職種向けですよね。」
- E:「うちはチームで動くことが多いので、個々人がバラバラな時間帯で働くとコミュニケーションロスが増えそうです。」
このように多様な意見が交わされる中で、制度そのものには賛成しながらも運用面で具体的な懸念や課題が浮き彫りになりました。これらは以下の3つの主要な課題として整理されました。
- 「労働時間の管理が難しくなる」
- 「業務効率が低下する可能性がある」
- 「公平性への不安」
課題共有と段階的アプローチ
労働時間の管理
まず、「フレックスに対応した勤怠管理システムの導入」を提案しました。この提案では、新しいシステム導入によって従業員ごとの労働時間を正確かつ効率的に把握できる仕組みを整えることを目指しました。しかし、一部管理職からは以下のような意見が挙がりました。
- 「新しい勤怠管理システムの操作方法について、使いこなせるか不安だ」という声がありました。
- 「研修が実施されるとしても、その内容が実務に直結するかどうか、また十分なサポート体制が整っているか疑問だ」という意見も挙げられました。
これらの意見を踏まえ、この提案を各部署に持ち帰り、現場から具体的な要望や懸念点についてフィードバックを受けました。その結果、操作性への不安を解消するために管理職向けの実践的な研修を行うことが決定しました。また、勤怠データの透明性を高め、運用状況を定期的に確認する場としてレビュー会議を開催する仕組みも追加されました。
業務効率への懸念
コアタイムについては部署ごとの設定案を提示しました。この提案では、「チーム全体でコミュニケーションや会議を行う時間帯」を部署ごとに柔軟に決めることで効率性向上を目指しました。しかし、以下のような意見が寄せられました。
- 「特にプロジェクト単位で動いているチームからは、コアタイムが固定されると緊急対応が難しくなる」という懸念が示されました。
- 「コアタイムが被る時間帯には会議室の利用が集中し、予約が取りづらくなる」という問題も指摘されました。
この案も各部署でシミュレーションしてもらい、それぞれ運用モデル案としてフィードバックを受けた結果、コアタイム設定による効率性と柔軟性の両立を図るため、緊急時には例外的な対応が可能となるガイドラインを策定しました。さらに、会議室利用問題については予約システムの改善やオンラインミーティングの活用促進などの対策も検討されています。
公平性への不安
公平性については、「適用外となる職種への代替措置」として「短時間勤務制度」や「特別休暇制度」を提案しました。しかし、一部従業員からは以下のような意見が寄せられました。
- 「新しい制度について具体的な内容や利用方法が十分に周知されていない」との指摘がありました。
- 「適用外となる職種では、自分たちだけ不利ではないか」という声も聞かれ、不満が募っている状況でした。
これらの意見を受けて現場から具体的な懸念点や改善要望についてフィードバックを得た後、制度内容や利用方法について理解促進を図るため説明会を開催することになりました。さらに代替措置利用者から継続的に意見を集め、不公平感解消へ向けた取り組みとして利用状況レビューの定期化も行われています。
社内ルール制定例
議論とヒアリング、修正を繰り返した結果として以下のような仕組みが導入されました。
- フレックスに対応した勤怠管理システム導入と管理職向け研修の実施
- 部署ごとのコアタイム設定(例:A部署9時~14時、B部署10時~15時)および緊急時対応ガイドラインの策定
- 短時間勤務制度や特別休暇制度など適用外職種への代替措置
- 四半期ごとの運用状況レビューおよび改善提案会議
より柔軟性、公平性、および効率性を確保したルールとなり、多くの従業員から理解を得ることができました。
運用開始とその後
フレックスタイム制は段階的に運用開始されました。しかし初期段階ではいくつか問題点も浮上しました。例えば、一部部署ではコアタイム設定によって業務効率化につながったものの、「緊急対応時に連携不足」が発生したり、「勤怠管理システムへの入力ミス」が頻発したりしました。また、一部職種では代替措置への理解不足から不満につながるケースもありました。
こうした問題については都度改善検討会議を開き、それぞれ対応策を講じていきました。例えば緊急対応時には事前通知ルールや専用チャットツール活用など連携強化策を導入し、不満解消へ向けて代替措置利用者への説明会も実施しました。さらに勤怠管理システムについては操作マニュアル改訂やサポート窓口設置によってミス削減につながりました。
このように段階的な改善プロセスによって使いやすい仕組みへ変えていくことで、多くの従業員から「柔軟な働き方への期待感」が高まり、生産性向上にも寄与する結果となりました。
課題の発見と合意形成のためのフレームワーク
課題の発見と合意形成は、組織やプロジェクトの成功において重要なステップです。「正しい課題を見つけ、それに対して関係者全員が納得する解決策を導き出す」ためには、適切なフレームワークを活用することが効果的です。本記事では、ブレインストーミング、KJ法、SWOT分析などの具体的な手法を紹介し、それらをどのように活用して合意形成を進めていくかを解説します。
課題発見の重要性
課題解決の第一歩は、真の課題を正確に特定することです。表面的な問題に取り組むだけでは、根本的な解決には至りません。「課題発見は問題解決の出発点であり、その質が全体の成否を左右する」と言われるほど重要です。
例えば、売上が低迷している企業では、「商品の魅力が足りない」といった表層的な課題だけでなく、「顧客ニーズの変化」「競合他社の戦略」など深層的な要因も考慮する必要があります。このような場合、適切なフレームワークを用いることで、表層課題から深層課題へと掘り下げることが可能になります。
課題発見に役立つフレームワーク
ブレインストーミング
ブレインストーミングは、新たなアイデアや視点を引き出すための集団発想法です。以下の4原則に基づいて行われます。
- 批判をしない:自由に意見を出せる環境を作る。
- 自由奔放:ユニークで大胆なアイデアも歓迎する。
- 質より量:できるだけ多くのアイデアを出す。
- 連想と結合:他人の意見に触発されて新しいアイデアを生み出す。
例えば、新製品開発プロジェクトで「顧客が求める機能とは何か」を議論する際、ブレインストーミングによって多様な視点からアイデアが集まりやすくなります。これにより、関係者間で課題認識が共有されやすくなります。
【参考】ブレインストーミングとは?4つのルール、やり方、流れを解説
KJ法
KJ法は、多くの情報やアイデアをグループ化し、構造化する手法です。以下の手順で進めます。
- 情報収集:関係者から意見やデータを集める。
- カード化:各意見やデータをカードに記載する。
- グループ化:似た内容のカードをまとめて分類する。
- ラベル付け:各グループに名前(ラベル)を付ける。
- 図式化:グループ間の関係性を図として整理する。
例えば、「従業員満足度向上」をテーマにした会議でKJ法を使うと、「給与」「職場環境」「キャリアパス」など具体的な改善領域が明確になります。「情報が整理されることで、関係者間で共通理解が深まりやすい」という利点があります。
【参考】ブレーンストーミングとKJ法
SWOT分析
SWOT分析は、内部環境(強み・弱み)と外部環境(機会・脅威)を整理し、戦略立案や意思決定に役立てるフレームワークです。
- 強み (Strengths):自社やプロジェクトが持つ競争優位性。
- 弱み (Weaknesses):改善が必要な内部要因。
- 機会 (Opportunities):外部環境から得られるポジティブな影響。
- 脅威 (Threats):外部環境から受けるリスクや障害。
例えば、新規市場参入時には、「自社製品の技術力(強み)」と「競合他社との価格競争(脅威)」などを整理し、戦略的優先順位を明確化します。SWOT分析は、特定された課題について関係者間で議論しやすくする効果があります。
合意形成のためのヒント
コミュニケーション的行為
ドイツ社会哲学者ハーバーマスによる「コミュニケーション的行為」は、合意形成において有効な理論です。この方法では、人間相互の了解と討議によって相互主観性を確認しながら進めます。つまり、単なる多数決ではなく、全員が納得できる形で意思決定を行うことが目指されます。
AGIL図式
パーソンズによるAGIL図式は、「便益」「権力」「説得」「啓蒙」の4つの戦略によって合意形成を進める方法です。例えば、プロジェクトチーム内で対立がある場合、それぞれの戦略を状況に応じて使い分けることで賛同者を増やし、合意形成へと導きます。
理性的多元性
現代社会では価値観が多様化しているため、「全員一致」よりも「妥協点」を探ることが重要です。ロールズによる「理性的多元性」の考え方では、多様性そのものを前提として理由交換・検討によって合意形成を進めます。この方法は、多様性豊かなチームや国際的な交渉などでも有効です。
フレームワーク活用時の注意点
目的とゴール設定
フレームワーク使用前には、「何を達成したいか」を明確化します。これによって議論がブレず、一貫性が保たれます。
参加者全員の巻き込み
合意形成には関係者全員が参加し、それぞれが納得感を持つことが重要です。一部メンバーだけで進めると反発や不満につながる可能性があります。
柔軟性ある運用
各フレームワークは状況によって柔軟にカスタマイズする必要があります。例えば、KJ法ではグループ分け基準を参加者全員で議論すると効果的です。
課題発見と合意形成は、多様な視点や意見を取り入れながら進めるべきプロセスです。ブレインストーミングやKJ法などのフレームワークは、それぞれ異なる強みを持ちます。それらを状況に応じて適切に組み合わせることで、より効果的な問題解決につながります。また、「コミュニケーション的行為」や「AGIL図式」のような理論的手法は、多様性豊かなチームでも有効です。
最終的には、「正しい問題」に取り組むことこそが成功への鍵となります。適切なフレームワーク活用によって、多様な関係者間で納得感ある合意形成が可能となり、その後の実行フェーズもスムーズに進むでしょう。
合意形成は成功へのステップ

「総論賛成・各論反対」という現象は、多様性ある組織では避けられないものですが、それ自体は健全な議論機会とも言えます。この乖離を最小限に抑えながら効果的な戦略実行を実現するには、段階的アプローチと柔軟なフィードバックシステムが不可欠です。また現場との継続的な対話や客観的分析フレームワークの活用によって、一貫性と実行可能性の両立も可能になります。これらの取り組みは企業全体で納得感ある合意形成につながり、持続可能な成長への道筋となるでしょう。
