現場の強みを生かしたDX推進プロジェクト:物流事業者の課題解決事例

物流の現場に、デジタルがもたらす新しい日常を。
電話連絡や紙の伝票に頼った運用を続けてきた物流企業は、現場主導のデジタル改革に踏み出しました。
私たちは「現場で使い続けられる仕組み」をテーマに、AIと既存ツールを組み合わせた段階的な改善プロジェクトを推進しました。その結果、社員一人ひとりが自然にデジタルを活用できる体制が整い、業務効率や顧客満足度だけでなく、組織の文化までもが変わり始めました。
本記事では、その改革の歩みと成果、そして今後の展望を紹介します。

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デジタル化に挑戦する物流企業

近年、EC需要の拡大や人手不足が進む中、物流業界ではスピードと正確さを両立できる体制の構築が企業競争力を左右しています。地方都市で地域密着型の配送サービスを展開してきたA社も、強固な顧客基盤を持ちながら、従来の業務体制に限界を感じ始めていました。ここでは、私たちが提案・推進したA社の改善プロジェクトを紹介します。

顧客の抱えていた悩み

A社は、地方都市圏に複数の拠点を持つ従業員約300名の中堅物流企業です。ドライバー180名、管理・事務50名、顧客対応70名の体制で、創業以来「最後まで責任を持って届ける」という理念を掲げてきました。きめ細かな対応を強みとし、地域内で高い信頼を築いてきましたが、デジタル化の加速に伴い、従来の運営方法では効率面で限界が見え始めていました。

最大の課題は、情報伝達・紙業務・リアルタイム性の不足の3点です。連絡手段の多くが電話やメールに依存していたため、トラブル報告やスケジュール変更が遅れがちになり、情報伝達の遅れが再配達やクレームにつながるケースが相次いでいました。

また、伝票や日報のすべてを手書きで管理しており、転記や集計に多くの時間を取られていました。誤記や紛失による再作業も多く、事務担当者の負担が増大。こうした手作業中心の業務運用は、正確さとスピードが求められる現代の配送現場では大きな障害となっていました。

加えて、地方都市圏では天候や交通工事などの予測しづらい要因が多く、リアルタイムでのルート再計画が欠かせませんでした。しかし、A社では進捗を可視化するシステムが存在せず、管理者が現場状況を把握するにはドライバー本人への電話確認に頼るしかありません。特定の担当者に業務が集中し、判断の遅れが常態化していました。

このような状況から、A社は「属人化をなくし、全社員が情報を共有できる仕組みを作りたい」という課題意識を明確にしました。

コンサルタントによる現状分析

ギグワークスクロスアイティのコンサルタントチームは、初動フェーズでA社社員約30名へのヒアリング調査を実施しました。対象は、ドライバー、配車担当者、管理職、顧客対応スタッフなど多岐にわたり、日常業務を丁寧に分析することで現場に潜む課題の本質を浮き彫りにしました。

ヒアリングでは、現場からは「アプリより電話の方が早いと思ってしまう」「入力作業が増えるのではと不安」といった声が上がりました。一方で、管理者層からは「進捗が見えず、判断がいつも後手に回ってしまう」顧客からの問い合わせに即答できないのが一番のストレスです」といった課題が聞かれました。

こうした声を整理した結果、現場と管理の双方で情報の断絶が生じており、それが非効率化の根本原因になっていることが分かりました。単なるシステム導入ではこの問題を解決できず、「運用習慣の壁」を越えるための柔軟な導入プロセスが不可欠でした。

そこで当社は、既存環境を活用しながら、無理なくデジタル化へ移行できる段階的アプローチを採用しました。

調査を進める中で特に注目したのが、すでにA社で全社員が日常的に利用していた「LINE WORKS」です。社員のスマートフォンに標準導入されており、ツールへの心理的ハードルが低いことから、この既存基盤を中心に据えることで導入コストを最小化できる見込みが立ちました。

ここにAPI連携を組み合わせることで、チャット通知、デジタル伝票、位置情報共有などを一体化できる新たな仕組みの構想が具体化しました。

抽出された3つの主要課題

ヒアリングの結果、課題は次の3点に整理されました。

  1. 情報伝達の遅延と属人化
     電話や口頭でのやり取りに依存し、情報が断片的に伝達されていました。担当者の不在や記録漏れが原因で、業務の停滞や判断の遅れが生じるケースもありました。
  2. 紙伝票によるミスと作業ロス
     手書きや転記の過程で記入ミスや書類の紛失が発生し、ドライバーと事務担当の双方に再作業の負担がかかっていました。
  3. 配送状況のリアルタイム把握不足
     現場から進捗データが十分に共有されず、管理者は状況把握に時間を要していました。その結果、顧客からの問い合わせ対応が遅れるケースがたびたび発生していました。

これらの課題は、部門ごとに情報が閉じて連携しづらい現場の「サイロ化」と、管理側で全体を見通せない運用構造の不透明さに起因しており、業務全体の再設計が必要であると判断されました。

提案方針と基本構想

分析結果を踏まえ、私たちが提示した方針は、「現場が抵抗なく使えるデジタル連携モデルの構築」でした。新システムを一から入れ替えるのではなく、既存ツールを核にした段階的な導入によって、短期的な効果と長期的な定着の両立を目指しました。

提案の柱は次の4点です。

  • LINE WORKSによるコミュニケーション統一化
     電話連絡をチャットに移行し、履歴の一元管理と情報共有のスピードアップを実現しました。
  • デジタル伝票の導入によるペーパーレス化
     スマートフォンでQRコードを読み取り、伝票情報をクラウド上で登録・共有。再入力の手間をなくし、入力ミスを削減しました。
  • AIによる動的ルート最適化
     交通状況や積荷量、ドライバーの稼働情報をリアルタイムで収集し、最適なルートを自動提案。突発的な混雑やトラブルにも即応できる体制を整備しました。
  • 管理用ダッシュボードの構築
     全拠点の配送状況とトラブルを可視化し、AIが検知したリスクを即時通知。管理者がデータに基づいて迅速に判断できる仕組みを整えました。

これらの仕組みを統合することで、A社は情報の遅延・重複・進捗の不透明さといった課題を一括して解消する道筋を描くことができました。導入後は、報告業務の簡略化、配送遅延の短縮、顧客対応時間の削減など、具体的な生産性向上効果が期待されています。

「使われる仕組み」をどう作るか :現場に根づく設計

A社の課題が明確になった段階で、私たちは「現場で使えるIT」をテーマに要件定義と設計を進めました。
新しいツールを増やすのではなく、既存の業務フローの中に自然にデジタルを組み込むことを目指しました。デジタル化そのものが目的ではなく、現場が日常の中で効率化を実感できる構造づくり──それがプロジェクト初期の焦点でした。

要件整理と全体設計の方向性

プロジェクトチームは、A社の業務全体を細かく分析し、現場負担を増やさずに改善が見込める領域を特定しました。方針として掲げたのは「ツール開発ではなく運用支援を中心とした改善」。
どれだけ高度な仕組みを導入しても、現場が無理なく操作・運用できなければ定着はしません。そこで、A社で日常的に利用されていたLINE WORKSなどのツールを中心に据え、既存環境の中に自然にデジタル機能を組み込む方針を取りました。

整理の結果、重点機能は次の6つに定まりました。

  1. LINE WORKSとのAPI連携強化:チャット・通話・カレンダー・Bot通知を統合し、状況報告や緊急連絡をリアルタイムに共有できる仕組みを構築。
  2. AIによるルート最適化機能:ドライバー位置情報・交通状況・積荷・配送先受け取りデータをリアルタイムで分析し、最適ルートを動的に再計算できるようにしました。
  3. QRコード対応デジタル伝票:手書き伝票を廃止し、スマートフォンでQRコードを読み取って即時登録。転記ミスを防ぎ、入力を自動化。
  4. 配送状況ダッシュボード:進捗や遅延を一画面で可視化し、AIが検知したリスクをLINE WORKSへ自動通知できるように設計。
  5. 位置情報共有機能:ドライバーのGPS情報を地図上に表示し、稼働状況をリアルタイムで更新。
  6. 教育・運用支援体制:全社員が迷わず使えるよう、オンラインマニュアルやFAQ、研修体制を整備。

これらを統合し、「現場情報が循環するプラットフォーム」として設計。管理と現場がスムーズに連携し、情報が自然に流れる業務基盤の構築を目指しました。

技術を選ぶ判断軸

次のステップは、これらの機能を実現するための技術選定でした。開発におけるポイントは、「大規模化より柔軟性、最新技術より実用性」
新規のクラウドを導入するのではなく、既存リソースを活かした軽量で連携性の高い構成を採用し、スピード感と安定性を両立しました。

採用した主な技術は以下の通りです。

  • チャットBot開発:Python + LINE WORKS API
     AI最適化や遅延検知の結果を自動通知。PythonはAPI処理の柔軟性と保守性に優れ、迅速な開発に適していました。
  • デジタル伝票アプリ:Flutter + Firebase
     iOSとAndroidの両方に対応。データをFirebaseでリアルタイム同期し、情報更新の遅延を排除しました。
  • AIによる配送最適化:Python + TensorFlow
     過去12万件の配送履歴データを分析し、地域特性や時間帯ごとの混雑傾向を学習。「最短」ではなく「トラブルを最小化するルート」を提案するよう設計しました。
  • 進捗ダッシュボード:React.js + Node.js
     ブラウザ上での高速表示とリアルタイム更新を実現。WebSocket連携により、通知やGPS情報を即時反映できるようにしました。
  • 位置情報可視化:Google Maps API + GPS
     地図上で各ドライバーの走行軌跡を自動描画し、後から再生して確認できる機能を搭載しました。

これらの仕組みにより、A社の既存インフラを生かしながら、スピーディで柔軟、かつ使いやすい運用環境を実現しました。プロジェクトリーダーは次のように語ります。 「ハイスペックな技術よりも、現場が続けられる仕組みを意識しました。」

共創で進めた開発体制

プロジェクトは、A社・ギグワークスクロスアイティ・協力会社の三者が連携した共創型チームとして推進されました。6か月という短期間で設計からリリースまでを完了させるため、段階開発プロセスを採用し、各フェーズごとに小規模で検証を重ねながら実運用を意識した改善を進めました。

初期段階では業務フローとUI設計を統合し、現場の動きを正確に再現しました。中期フェーズではチャットBotとQRコードアプリを中心に検証を行い、ドライバーによるテスト運用を実施しました。最終段階ではAI最適化モデルとダッシュボードを統合し、安定稼働を実現しました。

さらに、A社の担当者が途中から開発チームに参加し、現場課題をリアルタイムで共有しました。「開発する人」と「使う人」を分けない体制を築くことで、設計から運用・教育までをつなぐ連携サイクルを築き上げました。

開発担当者は当時を振り返り、こう語ります。
「ドライバーの『現場でこの操作はできない』という声を、その日のうちに反映できました。」

また、ドライバー研修を開発と並行して進めたことで、リリース初日から全員が戸惑いなく使える状態を実現しました。運用教育を後回しにしない取り組みが、システム定着を成功に導く大きな鍵となりました。

開発時の工夫と学び

AI配送アルゴリズムの開発では、理論上の最短経路よりも『現場のリアリティ』を優先しました。
交通規制や積み込み順序、店舗の開店時間、ドライバーの習熟ルートなど、現実の条件を考慮し、AIが現場の判断基準を尊重して最適化できるように設計しました。AIの提案内容はダッシュボード上で視覚的に確認でき、管理者がワンクリックで承認・修正を行うことが可能となりました。現場の判断とAIの分析が、シームレスに連動する仕組みが完成しました。

ダッシュボード設計でも、「3秒で状況を把握できる管理画面」をコンセプトに設計しました。進捗、遅延リスク、未完了配送を色分け表示し、問題発生時はLINE WORKS上で自動通知。チャット上で指示を完結できるようにすることで、電話連絡を大幅に削減しました。

その結果、管理者の判断時間を平均30%短縮し、現場と管理の情報格差をほぼ解消しました。
スピードを重視する現場オペレーションと、正確なマネジメントを両立させる運用基盤が確立しました。

定着支援と改善のプロセス

A社のDXプロジェクトは、導入して終わりではありませんでした。
私たちは「運用こそが真のスタート」と位置づけ、システムを『使いこなせる』状態まで伴走しました。
教育・運用・検証・改善の4段階を一体で設計し、現場社員が自然に新しい仕組みを定着させていくプロセスを構築。ここでは、その定着過程と具体的な成果を紹介します。

使う人を育てる:3段階の教育体制

A社は職種や業務環境が多様で、従来の一律研修では現場への定着が難しい状況にありました。
そのため、私たちは職種別にカリキュラムを分けた3段階の教育体制を構築しました。

まず、管理者向けの集中研修を実施。AIルート提案のロジックやBot通知設定などを実践形式で学び、現場からの問い合わせに即応できる知識を習得しました。
次に、ドライバー向けの小規模ハンズオン研修で、QRコード伝票の読み取りやチャット報告、GPS共有の操作を実運行シナリオ上でトレーニングしました。

導入後も自ら学べるように、オンライン形式のFAQサイトとマニュアルシステムを整備。トラブル対応手順や操作動画を掲載し、現場が自分たちで課題を解決できる環境を整えました。
導入初期の3か月間は専門のヘルプデスクを設置し、社内チャネル経由で質問に即時対応しました。
現場からは「質問すると数分で返ってくる」と好評で、このサポート体制が効果を発揮し、導入1か月で利用率は90%を超えました。

現場から磨く:テスト運用と改善ループ

システム完成後はいきなり全社展開せず、主要拠点を対象にテスト運用を実施しました。
配送遅延率やクレーム件数、紙伝票の入力ミスなどをKPIとして設定し、定量的な効果を検証しました。

初期段階では、Bot通知が多すぎてチャットが埋もれる課題が発生しました。
そこで、AIによる「重要度判定ロジック」を導入し、緊急性の高い情報を優先して表示するよう最適化。
この調整により、チャットが必要な情報だけを届ける実用的なツールへと進化しました。

さらに、GPS位置情報の取得間隔を10分から5分に短縮して精度を高め、細かな調整を重ねることで実運用レベルの安定性を確保しました。

その結果、現場からは次のような声が寄せられました。
「電話対応の回数が激減しました」
「夜間の確認もチャットだけで完結します」

こうした成果を受けて、A社は翌月から全拠点への展開を正式に決定。
段階的開発の方針により、リスクを抑えながらも円滑な全国展開が実現しました。

現場と顧客に起きた変化

本格運用開始から半年後、A社では目に見える成果が現れました。
配送効率は平均15%向上し、燃料コストも削減されました。
紙伝票の廃止により入力・転記作業が不要になり、事務部門の残業時間も減少しました。

クレーム件数は導入前の約3分の1に減少し、配送遅延も平均30分から15分へ短縮されました。
ドライバーの間では、「問題が起きてもすぐ共有できるから焦らなくなった」「確認作業が早く終わり、1日の流れがスムーズになった」といった声が広がりました。

リアルタイムでの情報把握が可能になったことで、管理者の判断スピードも大きく向上。
顧客からも「問い合わせ対応が迅速になった」「対応内容が明確になった」と評価され、A社の信頼度は着実に高まりました。

プロジェクトの成果

導入後に測定された主要KPIの改善結果は以下の通りです。

  • 配送遅延率:20% → 5%(75%改善)
  • クレーム件数:月平均30件 → 10件
  • 紙伝票処理時間:1人あたり1日20分 → 5分
  • 情報伝達ミス件数:月15件 → 2件
  • 顧客満足度スコア:78点 → 92点

今後の展開と成長戦略

今回のプロジェクトは、AIやクラウドの導入にとどまらず、現場と管理部門が協働する新たな体制を築いたことに大きな意味がありました。
導入当初はデジタル化への戸惑いも見られましたが、研修と伴走支援を繰り返すなかで活用が定着し、組織全体の意識改革へとつながりました。

今後は、AIモデルの精度をさらに高めるために学習データの収集を継続し、季節・天候・道路工事など環境要因も考慮した、より高度なルート最適化を実現していく予定です。
また、開発したダッシュボードを顧客管理システム(CRM)と連携し、配送履歴と顧客対応履歴を統合的に管理できるプラットフォームの構築を進めています。
これにより、顧客対応の一元化と分析精度の向上を両立させることを目指します。

プロジェクトを振り返って

今回のプロジェクトで私たちが何より意識したのは、「現場で本当に使ってもらえるシステムをつくること」でした。
日々の業務に追われる現場では、使いにくいシステムや無理のある運用は定着しません。
そして、たとえ現場で活用されても、それが組織全体の改善や成長につながらなければ意味がないと考えています。
そのため、現場のヒアリングから提案、運用支援までを一貫して担当できたことは、弊社にとっても大きな経験となりました。
今後も弊社は、現場を主役に据えたDXの推進を通じて、企業の持続的な進化を支援していきます。

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太