
暗号資産市場では、短期間に価格が急騰するトークンが次々に現れる一方、ほとんど取引されなくなったトークンも大量に生まれています。発行枚数を絞り、購入者を集めれば、価格は一時的に上がるかもしれません。しかし、値上がりへの期待だけでは経済圏を維持できません。市場の熱狂が去った後も利用が続くかどうかは、最初の設計に左右されます。トークノミクスでは、参加者が価値を生み、その貢献に応じて報われる仕組みを設計します。
【関連記事】仕事のムダを数学で減らせる?オペレーションズ・リサーチに学ぶ業務改善の極意

トークノミクスが設計するもの
トークノミクスは、トークンとエコノミクスを組み合わせた言葉です。暗号資産の発行枚数や配分比率を表す用語として使われがちですが、経済圏に参加する人々の役割、権利、報酬、罰則、意思決定まで扱います。
通常の経済学との違い
経済学は、限られた資源がどのように配分され、人や企業がどのような条件で行動し、価格がどう決まるのかを分析します。トークノミクスも、希少性、需要と供給、インセンティブ、情報の偏り、利益の分配といった経済学の問題を扱います。トークノミクスは、経済学やゲーム理論をデジタル上の経済圏へ応用する設計分野です。
両者の違いは、経済活動を支える規則の実装方法にあります。企業や市場では、契約、社内規則、法制度、銀行や決済会社などが取引を支えます。トークンを使う経済圏では、その一部をブロックチェーンとスマートコントラクトで実行できます。残高の所有者や移転条件、報酬の対象となる行動をプログラムで定め、多数の参加者が同じ記録と規則を共有します。
ブロックチェーンを使うと、取引の履歴や現在の所有者を確認しやすくなり、中央の運営者がいなくてもネットワークを形成できます。遠く離れた参加者が互いを知らなくても、共通の記録を使って取引し、設備、計算資源、ソフトウェアなどを提供できます。トークンによる報酬は、こうした協力を促します。
ただし、規則をプログラムへ移しても、経済学の問題は消えません。誰に報酬を配ればネットワーク全体の利益が増えるのか、運営者と利用者の利害をどうそろえるのか、権力の集中をどう防ぐのかという課題は残ります。トークノミクスでは、従来からある経済上の課題に対し、報酬や権利の配分をプログラムで実行できるように設計します。
トークンに持たせられる機能
トークンにはさまざまな役割を持たせられます。商品の代金を支払う決済手段、サービスを利用するための権利、開発や情報提供への報酬、ネットワークを守るために預ける担保、運営方針を決める議決権などです。1つのトークンが複数の役割を兼ねる場合もあります。
例えば、将来提供されるサービスの利用料を特定のトークンでしか支払えないようにすれば、そのトークンは前売り券に近い性格を持ちます。サービスを利用したい人が増えるほど需要も増えます。開発前にトークンを販売すれば、運営者は将来の利用者から資金を集められます。株式を発行せずに開発資金を確保し、初期の利用者を集められる点が、ICOに期待された利点でした。
一方で、トークンの供給を運営者が自由に増やせるなら、既存のトークン1枚当たりの価値は薄まります。運営者には開発資金を得るために追加発行したい事情がありますが、保有者は追加発行による価値の希薄化を避けたいと考えます。両者の利害を調整するには、発行上限、追加発行の条件、運営者や初期投資家の配分、売却できる時期、買い戻しや焼却の規則をあらかじめ示さなければなりません。
トークンの設計は、その経済圏における権利と権力の配分を決めます。保有者だけに投票権を与えれば、資金を多く投じた人の発言力が強くなります。開発や運営を担う人へトークンを配れば、実際に貢献した人を意思決定に参加させられます。ただし、貢献の評価方法が曖昧なら、運営者の裁量が強まり、形だけの分散化に終わります。
報酬と罰則が行動を変える
イーサリアムでは、取引を検証するバリデーターがETHを預けます。新しいブロックを正しく検証し、必要な処理を行うと報酬を受け取れます。反対に、複数の矛盾するブロックへ署名するなどの不正を働くと、預けたETHの一部を失い、バリデーターから除外されます。
ネットワークの安全を守ってほしいと呼びかけるだけでは、参加者の行動を保証できません。正しい検証には報酬を与え、不正には見返りを上回る損失を課せば、参加者が自分の利益を追求してもネットワークの安全を保てます。望ましい行動に報酬を与え、望ましくない行動には相応の負担を課すのがインセンティブ設計の基本です。
設計者が想定した行動と、参加者にとって実際に得になる行動を一致させなければなりません。利用者を増やすために高額な報酬を配ると、サービスを使いたい人より、報酬だけを受け取って売却する人が集まる場合があります。取引回数に応じて報酬を与えれば、自分の口座同士で不要な取引を繰り返す方が有利になるかもしれません。見かけ上の参加者数や取引件数が増えても、実際に価値を生む活動が増えたとは限りません。
トークノミクスでは、誰がどのような価値を生み、どの行動が報われ、誰が規則を決めるのかを定めます。トークンの価格は、その経済圏が生み出す価値と将来への期待を市場が評価した結果です。経済圏の成長を伴わずに相場だけが上がれば、その価格はいずれ維持できなくなります。
なぜ多くのトークンが「ジャンク化」したのか

ブロックチェーン上では、少ない費用と手間で新しいトークンを発行できます。この手軽さは、小さなコミュニティでも独自の経済圏を作れる可能性を広げました。一方で、利用目的も運営体制もないトークンが大量に市場へ出回る原因にもなりました。
決済手段より投機資産として使われる理由
裏付けのない暗号資産には、発行者に法定通貨や実在する資産との交換を求める権利がありません。事業が生んだ利益を受け取る権利もなく、価格は主に市場の需要と供給で決まります。利用者が増え、ネットワークへの信頼が高まれば価格は上がりますが、期待が崩れると需要も急速に縮小します。
決済手段として広く使われるには、受け取った後も価値が安定している必要があります。今日受け取った暗号資産の価値が翌日に大きく下がる可能性があれば、店舗は価格変動のリスクを負います。購入者も値上がりを期待すれば、支払いに使わず保有します。処理速度、手数料、利用できる場所も普及を左右しますが、価値が安定しなければ日常的な支払いには使いにくくなります。
BISは2025年の年次経済報告書で、裏付けのない暗号資産は決済手段より投機資産として定着したと評価しました。暗号資産による送金が行われていても、市場全体では商品やサービスの購入より、価格変動から利益を得る売買が中心になっています。利用よりも将来の値上がりを期待して買う人が増えれば、価格の上昇がさらに購入者を呼び込みます。
ステーブルコインは、法定通貨に対して一定の価値を保つように設計されており、その信用は発行者の準備資産と償還能力に支えられています。不動産や債券などを表す資産トークンでは、保有者が持つ法的な権利が価値の根拠になります。暗号技術を使って発行された点は同じでも、何と交換でき、どの権利を受け取れるかによってトークンの性質は大きく変わります。
発行の容易さがジャンク化を加速させた
CoinGeckoの調査によると、2021年7月から2025年末までにGeckoTerminalへ掲載されたトークンの53.2%が取引されなくなりました。2025年だけで1156万4909件のトークンが取引されなくなり、5年間に確認された停止件数の86.3%を占めています。この調査は、少なくとも1回取引された後に動かなくなったトークンを対象としており、主要な暗号資産の半数が消滅したという意味ではありません。それでも、多くのトークンが短期間で取引されなくなったことが分かります。
発行支援サービスが普及すると、専門的な開発能力がなくても短時間でトークンを作れます。話題になった人物や出来事を名前に使い、価格上昇への期待だけで購入者を集めるミームコインも急増しました。トークンの数は増えても、それを使うサービス、継続して運営する組織、対価を払う利用者が同じ速さで増えたわけではありません。
利用者へ報酬を配れば、初期段階では参加者を集められます。しかし、報酬を新規発行したトークンだけで賄うと、受け取った人が市場で売るたびに売却圧力が高まります。価格を維持するには、売却される量を上回る買い需要を生み出さなければなりません。値上がりによって新規参加者を集め、その資金で既存参加者の利益を支える仕組みは、参加者が増えなくなると維持できません。
初期投資家や運営者へトークンを大量に配分し、トークンを短期間で売却できるようにする設計も同じ問題を生みます。後から参加した利用者が価格を支える間に、初期保有者は利益を確定できます。サービスの利用価値より売却益が大きければ、長く経済圏を育てるより、早く売り抜ける方が合理的です。トークンのジャンク化は、技術の失敗だけでなく、短期売却を促すインセンティブ設計の失敗でもあります。
BTCを長期保有する主体の増加
BTCは、短期間で作られて消えるトークンと異なり、発行上限が2100万BTCに定められています。長い運用実績があり、世界各地で取引され、多くの人や組織に保有されています。供給量の上限があらかじめ決まっていることと、高い流動性が、BTCと他の多くの暗号資産との違いです。
2024年1月、米SECは現物BTCを保有する複数の上場商品、いわゆる現物ETFの取引を承認しました。投資家は暗号資産交換業者でBTCを直接購入しなくても、従来の証券口座からBTCへ投資できるようになりました。SECは承認後も、BTCと関連商品のリスクに注意を促しています。既存の金融市場からBTCへ投資する経路が整い、機関投資家もBTCを保有しやすくなりました。
米国は2025年3月、戦略的ビットコイン準備を設けました。没収手続きなどで政府が取得したBTCを原則として売却せず、長期的に管理する制度です。追加取得については、納税者に追加負担を生じさせない財政中立的な方法を検討するとしています。これにより、米政府はBTCを長期保有する準備資産として位置づけました。
S&P Globalの分析では、BTCの価格変動は2017年以降、長期的には低下傾向にあります。先物市場や現物ETFの拡大、企業や機関投資家による保有、規制や取引基盤の整備によって、市場の流動性が高まりました。一方で、価格変動は伝統的な金融資産より大きく、レバレッジを使った取引が下落を増幅する危険も残っています。
政府や企業がBTCを保有し、現物ETFを通じて投資する主体も増えました。BTCを長期的な資産配分へ組み込む動きが広がったため、他の暗号資産に比べると投機性は相対的に弱まっています。ただし、価格変動は依然として大きく、投機資産としての性格がなくなったわけではありません。
コミュニティを持続させるためのインセンティブ設計
価格の上昇だけで人を集めたコミュニティは、相場が下がれば急速に縮小します。長く続く経済圏を作るには、参加者が実際の価値を生み、その収益から運営費と報酬を賄い、規則が将来どのように変わるかを見通せる仕組みが必要です。
トークンよりも「価値の流れ」を設計する
最初に決めるべきなのは発行枚数ではなく、誰が何を提供し、誰が対価を払うかです。開発者がサービスを作り、検証者がネットワークを守り、利用者が料金を払い、運営者が保守を担うなら、それぞれの貢献に見合う利益を配分します。対価を払う利用者がいなければ、経済圏の内部でトークンを配り合っても、外部から収益を得られません。
立ち上げ時の新規発行は、まだ収益を得られない段階で開発者や協力者へ報酬を払う手段になります。ただし、発行を続ければトークンの希少性は下がります。利用料、取引手数料、外部へのサービス提供などから収入を得て、その収益から報酬を支払えるようにしなければなりません。
報酬額だけでなく、誰のどの行動を評価するかも重要です。紹介者へ報酬を集中させれば、新規参加者の勧誘が優先されます。開発、検証、利用者への支援、質の高い情報提供といった活動に報酬を配れば、経済圏を支える活動が増えます。短期的に測りやすい指標だけを基準に報酬を与えると、その指標だけを増やす行動が生まれるため、実際に役立つ成果が生まれたかを確認する仕組みも必要です。
すべてのコミュニティに独自トークンが必要とは限りません。通常の通貨、会員制度、ポイント、契約で十分に役割と報酬を管理できるなら、価格変動を伴うトークンを加える利点は小さくなります。トークンを発行できるかではなく、トークンによって参加者同士の協力を促せるかが判断基準になります。
「ルールへの信頼」が持続的な参加を支える
参加者は、現在の報酬だけでなく、将来も同じ条件が続くかを見て行動します。運営者が発行量をいつでも増やせるなら、保有者は価値が薄まる前に売ろうとします。初期投資家の売却時期が分からなければ、大量売却を警戒して長期保有を避けます。発行計画、初期配分、売却制限、報酬の原資を公開すれば、参加者は将来の変化を予測しやすくなります。
規則を変更する手続きも欠かせません。現実の経済活動では、あらゆる事態を最初から予測できません。市場環境が変わり、不正な利用方法が見つかり、当初の報酬設計が期待どおりに働かない場合もあります。変更の提案者、承認に必要な票、実施までの猶予、緊急時の権限を定めておけば、環境の変化に対応しながら、運営者の独断も防げます。
ガバナンストークンを持つ人だけが投票でき、保有量に応じて票が増える制度では、資金力のある人に意思決定権が集まります。開発者や初期投資家が大量のトークンを受け取っていれば、形式上は投票を行っても結論を左右できる人は限られます。BISも、DeFiではガバナンストークンの大口保有者や開発者に権力が集中しやすいと指摘しています。
公平性を高めるには、保有量だけでなく、継続的な貢献、利用実績、役割などを意思決定に反映する方法があります。提案を誰でも提出できるか、少数意見を検討する期間があるか、決定に納得できない参加者が資産を移転して離脱できるかも重要です。参加権を機能させるには、意思を示し、判断に応じて行動を変えられる仕組みが必要です。
トークノミクスから考える「豊かさ」
トークノミクスを学ぶと、トークンの保有量だけでは経済圏の豊かさを測れないと分かります。価格が高くても、少数の保有者だけが意思決定を行い、一般の参加者が価値を生み出す機会を持てなければ、利益は一部の人に偏ります。高い報酬を受け取っても、発行方針が突然変わり、保有するトークンの価値を予測できなければ、安定した生活や事業の基盤にはなりません。
豊かさを考えるうえで、参加権、将来への見通し、選択肢の3つが重要になります。1つ目は、価値創出への参加権です。すでに生み出された利益の一部を受け取るだけでなく、自分の知識、労働、設備、資金を使って価値を生み、その成果に応じた報酬を得られる状態を指します。参加できる人が一部に限られていれば、トークンが広く流通しても、一般の参加者は価値創出に加われません。
2つ目は、将来への見通しです。報酬の原資、発行量、規則の変更方法が分かれば、参加者は時間や資金をどれだけ投じるか判断できます。将来を完全に予測できなくても、どの条件で何が変わるか分かれば、自分の計画を立てられます。制度の透明性は、参加者が生活や仕事の計画を立てるうえでも欠かせません。
3つ目は、選択肢です。利用者として参加するか、開発へ貢献するか、意思決定へ加わるか、資産を移転するか、経済圏から離れるかを自分で選べるという意味です。選択肢が多くても、実行するための情報や権利を持たなければ意味がありません。形式上の自由ではなく、実際に選べる条件が整っているかが問われます。
国連開発計画の人間開発アプローチも、所得や経済成長だけで豊かさを測らず、人が望む活動や生き方を選べる機会を重視しています。トークノミクスと人間開発は異なる領域ですが、制度が人の選択をどのように広げ、あるいは狭めるのかを考える点で重なります。
トークノミクスは、誰が価値を生み、誰が利益を受け取り、誰が規則を決めるのかを具体的に検討します。こうした仕組みを学ぶと、保有資産の多さだけでなく、価値創出へ参加できるか、将来を見通せるか、自分で選べるかという観点から、豊かさを考えられるようになります。
まとめ

トークノミクスは、トークンでお金儲けをするための理論ではありません。参加者の役割、報酬、権利、罰則、意思決定を組み合わせ、価値を生み続けられる経済圏を設計します。大量のトークンが取引されなくなった事実から、発行の容易さや値上がりへの期待だけでは、利用者もコミュニティも維持できないと分かります。
持続する経済圏には、利用者が対価を払うだけの価値、貢献に応じた還元、明確な規則と変更手続きが必要です。新規発行は立ち上げ時の報酬を賄えても、継続的な収益の代わりにはなりません。
現物ETFの登場、機関投資家の参入、取引市場の拡大、米国の戦略的ビットコイン準備などによって、BTCを長期保有する動きが広がりました。価格変動は長期的に低下していますが、その幅は伝統的な金融資産より大きく、投機性も残っています。この変化は、利用者と長期保有者の増加、市場の拡大、制度整備が重なって生じました。
トークノミクスを学ぶと、経済圏の成長を価格や保有額だけでは測れないと分かります。価値を生み出す活動へ参加できるか、報酬や規則の変化を見通せるか、どう参加し、いつ離れるかを自分で選べるかを考える必要があります。こうした問いは、暗号資産を評価するだけでなく、私たちが何を豊かさと考えるのかを見直すきっかけにもなります。
参考文献
Some Simple Economics of the Blockchain
Dead coins: How many cryptocurrencies have failed?
