マッキンゼーが指摘する日本の営業生産性の課題と解決策

 

グローバル化が進む現代のビジネス環境において、日本企業の営業生産性の低さが大きな課題となっています。世界的なコンサルティング会社マッキンゼーは、レポート「日本の営業生産性はなぜ低いのか」において、日本企業の営業ROI(投資対効果)が他の先進国と比較して著しく低いことを指摘しています。

このレポートによると、日本企業の営業ROIは、米国企業の約半分、欧州企業の3分の2程度にとどまっているとされています。この状況は、日本企業の国際競争力を低下させる要因となっており、早急な改善が求められています。

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日本企業の営業生産性の課題とは?

マッキンゼーは、日本の営業における7つの根本的な課題を挙げています。これらの課題を詳しく見ていきましょう。

1. 組織全体の調和と協調を重視する文化による責任分担の不明確さ

日本企業の多くは、チームワークと協調を重視する文化を持っています。この文化は、組織の結束力を高める一方で、個人の責任範囲を曖昧にする傾向があります。例えば、営業案件において、担当者以外のメンバーも積極的に関与することで、責任の所在が不明確になり、効率性が低下するケースが見られます。

2. 「お客様第一主義」文化に起因した非効率性

日本企業の「お客様第一主義」の姿勢は、顧客満足度の向上に貢献する一方で、営業効率を低下させる要因ともなっています。例えば、営業担当者が受注後も継続的に顧客対応に関わることで、新規顧客の開拓や他の重要な業務に時間を割くことができなくなっています。

3. 顧客との取引関係の固定化による新規成長領域へのリソース不足

長年にわたる取引関係を重視する日本企業の文化は、既存顧客との関係維持に多くのリソースを割くことにつながっています。その結果、新規顧客の開拓や新たな成長領域への投資が不足し、企業の成長が制限される傾向があります。

4. 営業担当者の直接顧客対応以外の業務負担

日本の営業担当者は、直接的な顧客対応以外にも、社内会議や報告書作成などの業務に多くの時間を費やしています。これらの間接業務が、実際の営業活動を圧迫し、効率性を低下させる要因となっています。

5. ITシステムの過剰なカスタマイズとデジタル化の遅れ

多くの日本企業では、既存の業務プロセスに合わせてITシステムを過剰にカスタマイズする傾向があります。これにより、システムの導入や更新にかかるコストと時間が増大し、結果としてデジタル化の遅れにつながっています。また、最新のデジタルツールの活用が進まず、営業プロセスの効率化が遅れる原因ともなっています。

6. ベンチマーキングの不足による経費削減の遅れ

日本企業では、他社や他業界とのベンチマーキングが十分に行われていないケースが多く見られます。そのため、営業経費の適正化や効率化の機会を逃している可能性があります。競合他社や先進的な企業の事例を参考にすることで、経費削減や生産性向上の余地が大きいと考えられます。

7. 子会社・海外拠点へのガバナンス不足

グローバル展開を進める日本企業において、子会社や海外拠点に対するガバナンスが不十分なケースが見られます。これにより、グループ全体での営業戦略の一貫性や効率性が損なわれ、結果として営業生産性の低下につながっています。

これらの課題に対処するためには、組織文化の変革から業務プロセスの見直し、ITシステムの効果的な活用まで、多岐にわたる取り組みが必要となります。

日本企業の営業生産性向上のために必要なこと

マッキンゼーが指摘する日本の営業生産性の課題を踏まえ、日本企業が営業生産性向上のために取り組むべきことは何でしょうか。
具体的な提案を以下にまとめます。

1. 明確な役割分担と個人の責任の明確化

日本企業の営業組織では、チームワークを重視するあまり個人の責任が曖昧になりがちです。この課題を解決するために、以下の施策が効果的です。

まず、営業案件ごとに責任者を明確に定め、その権限と責任を明文化することが重要です。これにより、誰が最終的な決定権を持ち、結果に対して責任を負うのかが明確になります。

次に、成果に基づく評価システムを導入し、個人の貢献度を可視化することが必要です。具体的な数値目標を設定し、その達成度合いを評価することで、個人の努力と成果が正当に評価されるようになります。

さらに、チーム内での役割分担を明確にし、重複業務を削減することが効率化につながります。例えば、顧客対応、提案書作成、契約交渉など、業務を細分化し、それぞれの専門家を育成することで、全体的な生産性が向上します。

2. 顧客対応の効率化と優先順位付け

日本企業の「お客様第一主義」は時として過剰な顧客対応につながり、営業効率を低下させています。この問題に対処するために、以下の方策が考えられます。

顧客対応のレベルを段階化し、重要度に応じて対応方法を変えることが効果的です。例えば、VIP顧客には専任担当者を付け、一般顧客にはコールセンターで対応するなど、メリハリをつけることが重要です。

一般的な問い合わせはFAQやチャットボットで対応し、営業担当者の負担を軽減することも有効です。これにより、営業担当者は高付加価値の業務に集中できるようになります。

顧客の重要度に応じて、対応時間や頻度にメリハリをつけることも必要です。例えば、大口顧客には定期的な訪問を行い、小口顧客にはメールやウェビナーでの情報提供を中心とするなど、効率的なリソース配分を行います。

3. 新規顧客開拓への注力

日本企業は既存顧客との関係維持に注力するあまり、新規顧客開拓が疎かになりがちです。この課題に対処するために、以下の施策が考えられます。

新規顧客開拓専門のチームを設置し、リソースを確保することが重要です。専門チームを設けることで、新規開拓に必要なスキルやノウハウを集中的に蓄積できます。

既存顧客と新規顧客へのリソース配分を定期的に見直すことも必要です。例えば、四半期ごとに営業リソースの配分を見直し、成長が見込める新規顧客へのアプローチを強化します。

新規顧客獲得に対するインセンティブを強化することも効果的です。新規顧客獲得に対して特別なボーナスを設定するなど、営業担当者のモチベーション向上につながる施策を導入します。

4. 営業プロセスの効率化とデジタル化

日本企業のITシステムは過剰にカスタマイズされていることが多く、デジタル化の遅れにつながっています。この問題を解決するために、以下の施策が有効です。

CRMシステムを導入し、顧客情報の一元管理と共有を促進することが重要です。これにより、営業担当者間での情報共有が円滑になり、顧客対応の質が向上します。

AIを活用した商談予測や顧客分析ツールを導入することも効果的です。AIによる分析により、成約確率の高い案件に注力したり、顧客のニーズを先回りして提案したりすることが可能になります。

モバイルデバイスを活用し、外出先でも迅速な情報アクセスと更新を可能にすることも重要です。これにより、営業担当者の機動力が高まり、顧客対応のスピードが向上します。

5. データ駆動型の意思決定の促進

日本企業では経験や勘に頼った意思決定が多く見られますが、データに基づく客観的な判断が重要です。以下の施策が効果的です。

営業活動のKPIを設定し、定期的にデータに基づく分析と評価を行うことが必要です。例えば、商談数、成約率、顧客満足度などの指標を設定し、定期的にレビューを行います。

顧客の行動データを分析し、効果的なアプローチ方法を特定することも重要です。顧客のウェブサイト閲覧履歴やメール開封率などのデータを分析し、最適なタイミングと方法でアプローチします。

予測分析を活用し、商談の成約確率や顧客の購買傾向を把握することも有効です。これにより、限られたリソースを効果的に配分し、成果を最大化することができます。

6. ベンチマーキングの積極的な活用

日本企業では他社との比較分析が不足しがちです。以下の施策でこの課題に対処できます。

定期的に他社や他業界のベストプラクティスを調査し、自社の営業プロセスと比較することが重要です。これにより、自社の強みと弱みを客観的に把握し、改善点を特定できます。

業界内外の先進企業との情報交換会や勉強会を開催することも効果的です。他社の成功事例や失敗事例から学ぶことで、自社の営業プロセスを継続的に改善できます。

グローバルな営業生産性指標を設定し、定期的に自社の位置づけを確認することも必要です。これにより、国際的な競争力を客観的に評価し、必要な改善策を講じることができます。

7. グローバルな視点でのガバナンス強化

日本企業のグローバル展開において、海外拠点のガバナンスが不十分なケースが多く見られます。以下の施策でこの課題に対処できます。

グローバル共通の営業プロセスとKPIを設定し、各拠点での実践を促すことが重要です。これにより、グループ全体で一貫した営業活動が可能になります。

定期的なグローバル営業会議を開催し、ベストプラクティスの共有と課題解決を図ることも効果的です。各国の成功事例や課題を共有することで、グループ全体の営業力強化につながります。

グローバル人材の育成と交流を促進し、国際的な視点を持つ営業人材を増やすことも重要です。海外拠点との人材交流や、グローバル研修プログラムの実施などが有効です。

これらの施策を総合的に実施することで、日本企業の営業生産性は大きく向上する可能性があります。ただし、これらの変革を成功させるためには、経営層のコミットメントと組織全体の意識改革が不可欠です。長期的な視点を持って、段階的に改革を進めていくことが重要です。

課題解決に向けて

マッキンゼーのレポート「日本の営業生産性はなぜ低いのか」で指摘された課題を踏まえ、その解決に有効なツールと、実際に課題を克服して営業生産性を向上させた日本企業の事例を紹介します。

課題解決に有効なツール

CRMシステム

顧客情報の一元管理と共有を促進し、営業プロセスの効率化を図るためにCRMシステムの導入が効果的です。Salesforce、HubSpot CRM、Zoho CRMなどが代表的なツールです。これらのツールを活用することで、顧客との接点を可視化し、チーム全体で情報を共有することができます。

営業支援AI

AIを活用した商談予測や顧客分析ツールの導入も有効です。例えば、Crayon、Gong.io、Chorus.aiなどのツールは、営業会話の分析や成功確率の予測を行い、効果的な営業戦略の立案を支援します。

マーケティングオートメーション

顧客とのコミュニケーションを自動化し、効率的なリード育成を行うためのツールです。Marketo、Pardot、HubSpot Marketingなどが代表的です。これらのツールを使用することで、顧客の行動に基づいた適切なタイミングでのアプローチが可能になります。

ビジネスインテリジェンスツール

データ駆動型の意思決定を促進するためのツールとして、Tableau、Power BI、Lookerなどがあります。これらのツールを使用することで、営業データの可視化と分析が容易になり、効果的な戦略立案が可能になります。

コミュニケーションツール

チーム内のコミュニケーションを円滑にし、情報共有を促進するためのツールとして、Slack、Microsoft Teams、Zoomなどがあります。これらのツールを活用することで、リモートワーク環境下でも効果的な営業活動が可能になります。

課題を克服し、営業生産性を向上させた日本企業の事例

コマツ

建設機械メーカーのコマツは、IoTとAIを活用した「スマートコンストラクション」を展開し、営業プロセスの効率化と顧客満足度の向上を実現しました。建設現場の3D測量データを活用し、施工計画の立案から施工管理まで一貫したサポートを提供することで、顧客の生産性向上に貢献しています。この取り組みにより、コマツは単なる機械の販売から、総合的なソリューション提供企業へと転換し、営業生産性を大幅に向上させました。

リクルートホールディングス

リクルートホールディングスは、データ分析とAIを活用した営業支援システムを導入し、営業プロセスの効率化を図りました。例えば、「Airワーク」というAIを活用した営業支援ツールを開発し、営業担当者の行動分析や成功確率の予測を行っています。これにより、営業担当者は効果的な顧客アプローチが可能となり、成約率の向上につながっています。

ソフトバンク

ソフトバンクは、AIを活用した営業支援システム「e-Sales Manager」を導入し、営業プロセスの効率化と顧客満足度の向上を実現しました。このシステムは、顧客の行動データや過去の取引履歴を分析し、最適なタイミングと方法で顧客にアプローチすることを可能にしています。その結果、営業生産性が向上し、顧客満足度も改善されました。

日立製作所

日立製作所は、AIを活用した営業支援システム「Hitachi AI Technology/Sales Force Analyzer」を開発し、営業活動の効率化を図りました。このシステムは、過去の営業活動データを分析し、成約確率の高い案件を予測することができます。また、顧客の特性に応じた最適な営業アプローチ方法を提案することで、営業担当者の生産性向上を支援しています。

まとめ

マッキンゼーが指摘した日本の営業生産性の課題に対して、多くの日本企業が積極的に取り組みを行っています。特に、デジタル技術やAIの活用による営業プロセスの効率化、データ駆動型の意思決定の促進、顧客中心のアプローチの強化などが、課題解決の鍵となっています。

これらの取り組みを成功させるためには、単にツールを導入するだけでなく、組織文化や業務プロセスの変革も必要です。経営層のコミットメントと、現場レベルでの意識改革が不可欠です。

また、グローバル競争が激化する中、日本企業は国際的な視点を持ちつつ、自社の強みを活かした独自の営業戦略を構築することが重要です。顧客との長期的な関係構築を重視する日本企業の特性を活かしながら、デジタル技術を効果的に活用することで、グローバル市場での競争力を高めることができるでしょう。

営業生産性の向上は、単に売上を増やすだけでなく、従業員の働き方改革や企業の持続可能な成長にもつながる重要なテーマです。日本企業が、これらの課題を克服し、グローバル市場でさらなる飛躍を遂げることを期待しています。

参考資料

マッキンゼー・アンド・カンパニー「日本の営業生産性はなぜ低いのか」

経済産業省「DXレポート2」

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太