新たな脅威!タイピング音から情報を盗む「音響攻撃」とは

近年、サイバーセキュリティの分野で新たな脅威が浮上しています。それが「音響攻撃」と呼ばれる手法です。英国のダーラム大学の研究者たちが発表したこの攻撃方法は、一見無害に思えるキーボードの打鍵音を利用して、ユーザーの入力内容を高い精度で推測するという、驚くべき技術です。この研究結果は、デジタル時代における新たなセキュリティリスクを浮き彫りにし、個人から企業、政府機関に至るまで、幅広い対象に潜在的な脅威をもたらしています。

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キーボード音で情報を盗む!音響攻撃とは

音響攻撃は、ユーザーがキーボードを打つ際に発生する微細な音の違いを利用します。各キーを押す際に生じる音は、わずかながら異なる特徴を持っており、これをディープラーニングモデルで分析することで、打たれたキーを特定できるのです。

音響攻撃の仕組み

ダーラム大学の研究者たちは、13インチのMacBook Proを使用して実験を行いました。36種類のキーをそれぞれ25回打ち、その音声データを収集しました。録音は17センチ離れたiPhone 13 miniで行い、人工知能を用いて専用のモデルを構築しています。

驚異の精度

研究結果は衝撃的で、驚くべき精度を示しました。最も高い精度を記録したのは、ターゲットの近くに設置したスマートフォンで録音した場合で、なんと95%もの精度で打鍵内容を予測できることが判明しました。さらに驚くべきことに、オンライン会議ツールを介した録音でも高い精度が維持されました。Zoom経由では93%、Skype経由でも91.7%という高い精度が記録されています。

これらの結果は、リモートワークが一般化した現代において、特に警戒すべきものと言えるでしょう。オンライン会議中に、参加者の誰かがパスワードやクレジットカード番号などの機密情報を入力している場合、その情報が音響攻撃によって盗み取られる可能性があるのです。

課題と対策

音響攻撃への対策は、現時点では完全には確立されていません。しかし、研究者たちはいくつかの予防策を提案しています。

タイピングスタイルの変更

通常とは異なるタイピング方法を採用することで、攻撃者の予測を困難にすることができます。

タイピング音を再現するソフトウェアの利用

実際のタイピング音に似た偽の音を生成するソフトウェアを使用することで、攻撃者の分析を混乱させることができます。

タイピング音にノイズを加えるフィルターの使用

キーボードの周囲にノイズを発生させるデバイスを設置したり、ソフトウェアでタイピング音にランダムなノイズを重ねたりすることで、音響攻撃の精度を低下させることができます。

物理的な対策

キーボードの打鍵音を物理的に遮断するカバーを使用したり、ノイズキャンセリング機能を活用したりすることで、ある程度のリスク軽減が可能かもしれません。

多層的なセキュリティ対策

パスワード入力時の2段階認証の利用など、音響攻撃以外の方法でも情報を保護する多層的なセキュリティ対策が重要です。

音響攻撃は、従来のサイバー攻撃とは全く異なるアプローチで情報を盗み取る手法です。その高い精度と実行の容易さは、個人ユーザーから企業、政府機関に至るまで、幅広い対象に潜在的な脅威をもたらします。

特に懸念されるのは、この攻撃手法が一般的なセキュリティ対策をすり抜ける可能性があることです。通常のウイルス対策ソフトやファイアウォールでは、音響攻撃を防ぐことはできません。また、攻撃者は物理的にターゲットの近くにいる必要がなく、オンライン会議ツールを介して遠隔地からでも攻撃を実行できるという点も大きな脅威です。

音響攻撃の研究は、デジタル時代における新たなセキュリティリスクを浮き彫りにしました。私たちは常に進化する脅威に対して、技術的・制度的な両面から対策を講じていく必要があります。個人レベルでの注意喚起はもちろん、企業や政府機関による包括的なセキュリティ対策の見直しも求められるでしょう。

今後、音響攻撃に関する研究がさらに進み、より効果的な対策が開発されることが期待されます。同時に、私たち一人一人が、日常的に使用する技術に潜む潜在的なリスクに対して意識を高め、適切な対策を講じていくことが重要です。デジタル社会の安全を守るためには、技術の進歩と並行して、私たちの意識と行動も進化し続ける必要があるのです。

【参考】キーボードのタイピング音から入力内容が盗まれる?ーー「音響サイドチャネル攻撃」とは何か
【参考】サイバー犯罪者が音波を武器にする方法

コンピューターの物理的な特性を利用!サイドチャネル攻撃とは

音響攻撃は、実はより広範な「サイドチャネル攻撃」の一種です。サイドチャネル攻撃は、暗号システムやコンピュータの物理的な特性を利用して機密情報を盗み出す手法であり、音響攻撃はその中でも特に音を利用したものです。本記事では、サイドチャネル攻撃の概要と、その潜在的な被害規模について解説します。

サイドチャネル攻撃に利用される情報

サイドチャネル攻撃は、コンピュータセキュリティの分野において、アルゴリズムの実装自体の弱さではなく、システムの物理的な特性から得られる情報を元にした暗号解読の攻撃手法です。この攻撃は、暗号化された情報を直接解読しようとするのではなく、情報処理装置が情報を暗号化あるいは解読する過程で発生する物理的な現象を利用します。

具体的には、以下のような情報が攻撃に利用されます。

  1. 処理時間
  2. 消費電力
  3. 電磁放射線
  4. 音声

これらの情報は、通常のセキュリティ対策では保護されていない「サイドチャネル」から漏洩するため、攻撃者にとって貴重な情報源となります。

サイドチャネル攻撃の種類と手法

サイドチャネル攻撃には様々な種類がありますが、主なものとして以下が挙げられます。

タイミング攻撃

処理時間の違いを測定して秘密鍵を推測する攻撃。

電力解析攻撃

装置の消費電力を測定して内部の処理を推測する攻撃。

電磁波解析攻撃

装置から漏洩する電磁波を受信して情報を盗み取る攻撃。

音響攻撃

装置から発生する音を分析して情報を推測する攻撃。

これらの攻撃は、それぞれ異なる物理的特性を利用していますが、いずれも暗号システムの「副作用」を悪用しているという点で共通しています。

サイドチャネル攻撃の潜在的な被害規模

サイドチャネル攻撃の潜在的な被害規模は非常に大きいと考えられています。その理由として以下が挙げられます。

広範な適用可能性

サイドチャネル攻撃は、暗号化機能を内蔵したICカードや半導体製品など、様々な装置に対して適用可能です。

高い成功率

適切に実行された場合、サイドチャネル攻撃は非常に高い成功率を示します。例えば、音響攻撃では95%もの精度で入力内容を推測できることが示されています。

検出の困難さ

サイドチャネル攻撃は「非破壊的」な性質を持つため、攻撃が行われていることに気づくことが難しいです。

広範な影響

個人ユーザーから企業、政府機関に至るまで、幅広い対象が潜在的な被害を受ける可能性があります。

オンライン環境での脆弱性

Web 2.0アプリケーションとソフトウェア・アズ・ア・サービスの普及により、ウェブ上でのサイドチャネル攻撃の可能性が大幅に高まっています。

実際、GSMカードの中には、動作中の消費電力を測定することで秘密鍵を特定できるものがあることが指摘されています。このような脆弱性は、モバイル通信の安全性に大きな影響を与える可能性があります。

対策と今後の課題

サイドチャネル攻撃への対策は、現時点では完全には確立されていません。しかし、いくつかの予防策が提案されています。

物理的な保護

装置からの情報漏洩を物理的に遮断する。

ノイズの追加

処理時間や消費電力にランダムなノイズを加える。

均一化

暗号処理の時間や消費電力を均一にする。

多層的なセキュリティ対策

複数の防御手段を組み合わせる。

今後、サイドチャネル攻撃に関する研究がさらに進み、より効果的な対策が開発されることが期待されます。同時に、私たち一人一人が、日常的に使用する技術に潜む潜在的なリスクに対して意識を高め、適切な対策を講じていくことが重要です。

音響攻撃・サイドチャネル攻撃への対策

サイドチャネル攻撃、特に音響攻撃は、従来のサイバーセキュリティ対策では防ぐことが難しい新たな脅威です。これらの攻撃に対して効果的な対策を講じるためには、多角的なアプローチが必要となります。本記事では、音響攻撃を含むサイドチャネル攻撃への対策について、具体的な方法を解説します。

物理的な対策

サイドチャネル攻撃の多くは、デバイスの物理的な特性を利用して情報を盗み取ります。そのため、物理的な対策が非常に重要となります。

環境ノイズの活用

音響攻撃に対しては、環境ノイズを活用することが効果的です。例えば、キーボード周辺にホワイトノイズを発生させる装置を設置することで、キーストロークの音を攻撃者が解析しにくくすることができます。また、オフィス環境では、適度な背景音楽を流すことも一つの対策となります。

シールド技術の導入

電磁波解析攻撃に対しては、デバイスを電磁シールドで覆うことが有効です。特に重要な情報を扱う機器には、高性能な電磁シールドを使用することで、情報漏洩のリスクを大幅に低減できます。

耐タンパー性の向上

デバイス自体の耐タンパー性を向上させることも重要です。例えば、物理的な改ざんを検知すると自動的にデータを消去する機能や、特殊な構造により分解を困難にする設計などが挙げられます。

ソフトウェアレベルでの対策

物理的な対策だけでなく、ソフトウェアレベルでの対策も重要です。

暗号化アルゴリズムの強化

サイドチャネル攻撃に耐性のある暗号化アルゴリズムを採用することが重要です。例えば、処理時間や消費電力が入力データに依存しないよう設計された「定時間アルゴリズム」の使用が効果的です。

ランダム化技術の導入

処理の順序やタイミングをランダム化することで、攻撃者の解析を困難にします。例えば、キーストロークのタイミングにランダムな遅延を挿入したり、暗号化処理の順序をランダムに変更したりする方法があります。

ソフトウェアの定期的な更新

サイドチャネル攻撃に対する脆弱性が発見された場合、速やかにソフトウェアをアップデートすることが重要です。定期的なセキュリティパッチの適用を怠らないようにしましょう。

運用面での対策

技術的な対策だけでなく、運用面での対策も重要です。

セキュリティポリシーの策定と遵守

組織内でサイドチャネル攻撃に関するセキュリティポリシーを策定し、全従業員に周知徹底することが重要です。特に、機密情報を扱う際の注意点や、デバイスの取り扱い方法などを明確に定めましょう。

定期的なセキュリティ監査

外部の専門家による定期的なセキュリティ監査を実施することで、潜在的な脆弱性を発見し、対策を講じることができます。特に、新しい攻撃手法に対する耐性を確認することが重要です。

従業員教育の実施

サイドチャネル攻撃の危険性や対策方法について、定期的に従業員教育を実施することが重要です。特に、音響攻撃のリスクや、オンライン会議での注意点などを重点的に説明しましょう。

音響攻撃を含むサイドチャネル攻撃は、従来のサイバーセキュリティ対策では防ぐことが難しい新たな脅威です。これらの攻撃に対しては、物理的な対策、ソフトウェア的対策、運用面での対策を組み合わせた多層的なアプローチが必要となります。

まとめ

最近明らかになった音響攻撃は、私たちの日常生活やビジネス環境における新たな脅威となっています。特にZoomなどのビデオ通話越しでも有効であるため、高い警戒心と適切な対策が求められます。音響攻撃だけでなく、多様なサイバー攻撃手法にも注意しながら、自身と組織のセキュリティ対策を強化していく必要があります。
特に重要なのは、常に最新の脅威情報をキャッチアップし、適切な対策を講じ続けることです。サイドチャネル攻撃の手法は日々進化しており、一度対策を講じたからといって安心することはできません。
また、個人レベルでも、自分の使用するデバイスのセキュリティに注意を払い、必要に応じて対策を講じることが重要です。特に、リモートワークが一般化した現在、自宅やカフェなどの公共の場所でも情報セキュリティに気を配る必要があります。
サイドチャネル攻撃への対策は、技術的な側面だけでなく、人的な側面も含めた総合的なアプローチが求められます。組織全体でセキュリティ意識を高め、常に最新の対策を講じることで、より安全なデジタル環境を構築することができるでしょう。

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太