フォールトトレランスとは?信頼できるシステム構築のために気をつけるべきこと

現代のデジタル社会において、システムの信頼性は企業の存続を左右する重要な要素です。フォールトトレランスは、障害発生時でもシステムを継続稼働させる技術として、金融・医療・製造業などミッションクリティカルな領域で不可欠な概念です。SIer(システムインテグレーター)が適切に設計・運用するためには、技術的な理解に加え、コスト管理や性能トレードオフへの対応が求められます。本稿では、フォールトトレランスの本質と実践的な課題解決策を解説します。

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フォールトトレランスの重要性

システムダウンが企業に与える損失は、1時間あたり数百万円に及ぶケースも珍しくありません。特にクラウド移行が進む現代では、99.999%以上の可用性が求められる場面が増加しています。システム停止による損失は金銭的な影響だけでなく、顧客の信頼やブランドイメージにも悪影響を及ぼします。こうした背景から、フォールトトレランスはビジネスの競争力と持続可能性を確保する上で欠かせない技術となっています。SIer(システムインテグレーター)は単に技術を実装するだけでなく、クライアントのビジネスリスクを総合的に評価し、最適な設計を提案する役割を果たす必要があります。

【参考】フォールトトレランスとは? 事例や目的を分かりやすく解説

フォールトトレランスの定義

フォールトトレランス(Fault Tolerance)とは、システムが一部のコンポーネントが故障しても全体としての機能を維持できる能力を指します。この概念は1950年代に航空宇宙分野で発展し、アポロ計画では三重化されたコンピュータ設計が初期の実用例として採用されました。現在ではクラウドコンピューティングやIoTなど、多様な分野で活用されています。フォールトトレランスは単一障害点(SPOF)の排除を目的とし、システムの信頼性と可用性を高めるために不可欠な技術です。

冗長化

冗長化は、フォールトトレランス設計の基本原則であり、ハードウェアやソフトウェアを複製して障害発生時にも機能を継続する仕組みです。例えばデータセンターでは、電源装置・ネットワーク回線・ストレージを完全に二重化し、単一障害点を排除しています。金融機関では地理的に分散したデータセンター間でリアルタイム同期を行い、システム停止リスクを最小化しています。

フェールオーバー

フェールオーバーは、障害発生時に自動的に予備システムへ切り替える仕組みです。仮想化環境ではハイパーバイザーが物理サーバーの異常を検知すると、数秒以内に別ノードへ仮想マシンを移行させます。この際の切り替え時間(RTO: Recovery Time Objective)とデータ損失量(RPO: Recovery Point Objective)が設計上の重要な指標となります。

フェールセーフとの違い

フェールセーフはフェールオーバーとは異なり、障害発生時に安全な状態で停止させる設計思想です。一方フェールオーバーは、障害発生後もシステムの稼働継続を目的とします。例えば、自動車ではブレーキシステムが故障した場合でも車両が安全に停止する仕組みがフェールセーフです。これに対してITシステムでは、サーバー障害時に予備サーバーへ切り替えて処理継続する仕組みがフェールオーバーです。

具体的な仕組みの例

フォールトトレランスは具体的には以下のような仕組みで実現されます。電源の二重化では異なる変電所から供給されるA/B電源システムが構築されます。この仕組みにより片方が故障しても電力供給が継続されます。またバックアップサーバーはプライマリサーバーと常時同期し、ハートビート監視による即時切り替えが可能です。さらにクラウドストレージではデータを複数のアベイラビリティゾーンに分散保存することで自然災害時でもデータ保護が保証されます。

フォールトトレランスと可用性

可用性とはシステムが稼働し続ける時間比率で表されます。フォールトトレランスはこの可用性を支える基盤技術です。例えば99.99%の可用性(年間ダウンタイム約52分)を達成するためには電源・ネットワーク・サーバー全てを二重化する必要があります。一部の医療用画像診断システムではRTO(復旧目標時間)をゼロに設定し、手術中のシステム停止リスクを完全に排除しています。

フォールトトレランスが重要なシステム

フォールトトレランスは、特にミッションクリティカルなシステムで重要な役割を果たします。ミッションクリティカルとは、組織や事業の遂行に欠かせないシステムを指し、その停止が重大な損害や混乱を引き起こすものです。これには金融、医療、製造業、交通機関などの分野が含まれます。

金融取引システムでは、1秒の停止が市場に甚大な影響を与えるため、高度な冗長化設計が求められます。例えば、東京証券取引所のArrowheadシステムでは、4重化されたサーバー群がマイクロ秒単位で同期を維持しています。また、製造業ではPLC(プログラマブルロジックコントローラ)の二重化によって24時間365日の連続運転が実現されています。

さらに、航空機の制御システムもフォールトトレランスの代表例です。飛行中にコンピュータが故障しても安全に飛行できるよう、複数のコンピュータが同じ処理を並行して実行する設計が採用されています。自治体では災害対策としてデータセンターを地理的に分散配置し、一つのセンターが被害を受けても他のセンターでサービスを継続できる仕組みを構築しています。

このようにフォールトトレランス技術は、社会的影響の大きい分野で不可欠な要素となっています。

SIerが気をつけるべきポイント

フォールトトレランスの導入は、単なる技術的課題ではありません。SIerはクライアントのビジネスモデルを深く理解し、コストパフォーマンスと信頼性の最適解を見出す必要があります。特にクラウド移行が進む現代では、従来のオンプレミス環境とは異なる設計思想が求められます。これにより、冗長化やフェールオーバーなどの技術的選択肢だけでなく、運用管理やセキュリティ対策も含めた総合的なアプローチが必要になります。

設計段階での注意点

コストと効果のバランス

完全な二重化はコストを2倍以上に膨らませる可能性があります。SIerはリスク分析に基づき、本当に冗長化が必要なコンポーネントを特定することが重要です。例えば、Webサーバー層はオートスケーリングで対応し、データベース層のみを冗長化するといった選択肢があります。このように、システムの重要度に応じて適切な冗長化設計を行うことで、コスト対効果を最大化できます。このような設計は、企業の財務状況やビジネスリスクに応じて柔軟に調整される必要があります

【参考】Microsoft Azure – クラウドにおけるフォールト トレランスの問題点と解決策

適切なフォールトトレランス技術の選択

仮想化環境では、VMware vSphere Fault ToleranceやAWS Multi-AZ配置が有効です。ただし、これらの技術はネットワーク遅延の影響を受けやすいため、地理的に分散したシステム設計時にはレイテンシー測定が不可欠です。また、クラウド環境では障害ドメイン(物理的な障害範囲)と更新ドメイン(ソフトウェア更新による影響範囲)の考慮も必要です。これにより、障害時でもサービス継続性を確保できます。このような設計は、企業のビジネス継続性に直接影響を与えるため、慎重な検討が求められます

運用段階での注意点

定期的なメンテナンスとテスト

フォールトトレランスシステムは導入後も継続的なメンテナンスとテストが必要です。年1回の障害訓練(ディザスタリカバリ演習)を実施し、冗長構成が正常に機能しているか検証します。特にフェールオーバー時のデータ整合性チェックを自動化する仕組みが重要です。これにより、障害発生時でもデータ破損や不整合を防ぐことができます。このようなテストは、実際の障害時にも効果的に機能するかどうかを確認するために不可欠です

セキュリティ対策との併用

ランサムウェア攻撃ではバックアップシステムまで暗号化されるケースがあります。このため、Air Gap技術によるオフラインバックアップと組み合わせる必要があります。また、障害検知システム自体が攻撃対象となるリスクにも対応しなければなりません。セキュリティとフォールトトレランスは相互補完的な関係であり、一体的に設計することが求められます。このような総合的なセキュリティ対策は、企業の全体的なリスク管理に貢献します

導入時の課題

導入コストの高さ

フォールトトレランス導入には高額な初期投資が伴います。そのため、初期投資回収期間(ROI)を明確化するためにダウンタイム損失額の算定が不可欠です。例えば製造業の生産ライン監視システムでは、1時間の停止が数億円規模の機会損失を生むため、高コストな冗長化も正当化されます。このように具体的な経済効果を示すことでクライアントへの説得力が増します。このようなコスト分析は、企業の財務計画に直接影響を与えるため、慎重に行う必要があります

パフォーマンス低下への対応

同期型ミラーリングでは書き込み性能が50%低下する可能性があります。この問題を回避するためには非同期レプリケーションとチェックポイント方式を組み合わせたハイブリッド方式が有効です。この設計では性能低下を抑えつつデータ保護も実現できるため、多くのクラウドサービスで採用されています。このような技術的トレードオフは、企業のビジネスニーズに応じて最適化されるべきです

【参考】高可用性(HA) vs. フォールト・トレランス

実際の事例

データセンターの電源設計

某クラウドプロバイダーでは異なる変電所から2系統の電力を引き込み、さらにディーゼル発電機と蓄電池を組み合わせた4重化を実現しています。この設計により東日本大震災級の災害時でも72時間以上の連続稼働を保証しています。このような設計は地理的分散と組み合わせることでさらに信頼性が向上します。このような設計は、企業のビジネス継続性を確保するための重要な要素となります

仮想化環境のライブマイグレーション

Microsoft Hyper-Vではホットアダプティブフォールトトレランス機能を搭載しており、物理ホストメンテナンス中でも仮想マシンを停止させずに移行可能です。この技術により計画停止時間を年間99分以下に抑えることができ、多くの企業で採用されています。このような技術は、企業のITインフラストラクチャの柔軟性を高めるために役立ちます

クラウドストレージの分散保存

クラウドサービスではデータを複数地域に分散保存することで自然災害や大規模障害にも対応しています。例えばAWS S3ではアベイラビリティゾーン間でデータミラーリングを行い、一部ゾーンが停止してもデータアクセス継続性を保証します。このような設計は、企業のデータ保護と可用性を確保するために不可欠です

信頼性向上のための主な手法

信頼性工学にはフォールトトレランス以外にも重要な概念が存在します。予防・防御・隠蔽という異なるアプローチを理解することで、より適切なシステム設計が可能になります。これらの手法はそれぞれ異なる目的を持ちながら、システムの信頼性向上に寄与します。

フォールトアボイダンスとは

フォールトアボイダンス(Fault Avoidance)は、障害そのものを発生させないようにする設計思想です。この手法は、システムの信頼性を高めるために、障害の原因となる要素を徹底的に排除することを目的としています。たとえば、航空機エンジンでは単一部品の故障率を0.0000001%以下に抑えるために、X線検査や破壊試験を組み合わせた厳格な品質管理が行われています。このような設計は、障害が発生する可能性を極限まで低減することを目指しています。

ただし、フォールトアボイダンスは障害の発生確率を下げることには成功しますが、すべての故障モードを網羅できるわけではありません。この手法は特に人命や安全性が重要な分野で有効ですが、コストや技術的制約によって適用範囲が限定される場合があります

【参考】フォールトトレランスとフォールトアボイダンスの違いとは?各用語の覚え方をまとめて解説します!

フォールトプルーフとは

フォールトプルーフ(Fool Proof)は、人間の操作ミスによる障害を防止する設計思想です。この手法は、安全工学に基づき、人為的なミスが発生してもシステム全体に影響を与えないように設計されています。たとえば、原子力発電所の制御盤では緊急停止ボタンに透明なカバーを付けることで誤操作を防ぎます。また、ITシステムでは管理者権限の二要素認証や削除コマンドの確認ダイアログなどが該当します。

フォールトプルーフは、人間のミスによるリスクを最小化するために重要ですが、その効果は設計段階でどれだけ考慮されているかによります。この手法はユーザーエクスペリエンスと安全性のバランスを取る必要があります

【参考】フェールセーフやフェールソフト・フールプルーフ 障害対策用語の整理

フォールトマスキングとは

フォールトマスキング(Fault Masking)は、障害が発生しても外部に影響が伝播しないよう補正する技術です。この手法では、システム内部で障害を処理し、その影響をユーザーや外部システムから隠蔽します。具体例として、多重化されたシステムで多数決アルゴリズムを用いる方法があります。同じ処理を実行する複数の独立したシステムが同時に稼働し、それらの処理結果を比較して最も多い結果を出力として採用します。この仕組みにより、一部のシステムが故障しても正しい結果が出力されます。

フォールトマスキングはユーザー目線で障害が認識されない点が特徴であり、サービス継続性の観点から非常に重要です。ただし、この手法には冗長化によるコスト増加や複雑な設計が伴うため注意が必要です。この技術は高可用性システムで特に有効ですが、その導入には慎重な検討が求められます

それぞれの概念の比較と最適な組み合わせ

これらはいずれも信頼性向上に寄与する重要な手法ですが、それぞれ異なる目的と適用範囲があります。これらを適切に組み合わせることで、システム全体の信頼性を最大化できます。

  • フォールトトレランス:冗長化やフェールオーバーによって障害時でも稼働継続性を確保します。
  • フォールトアボイダンス:障害そのものを未然に防ぐため、高品質な部品や厳密なテスト工程が必要です。
  • フォールトプルーフ:人為的ミスによるリスク回避に効果的で、安全工学との親和性が高いです。
  • フォールトマスキング:障害発生時でも外部への影響を隠蔽し、高可用性システムで有効です。

航空機エンジンの設計

航空機エンジンでは飛行中のエンジン停止が人命に直結するため、高い信頼性と安全性が求められます。

  1. 高品質材料の採用:チタン合金など、耐久性と精度に優れた材料を使用。
  2. 寿命予測:ワイブル分析による部品寿命予測で整備計画を最適化。
  3. 冗長化設計:センサーや制御装置多重化によって、一部故障時でも機能維持。
  4. 双発設計:片方のエンジンが停止した時も安全に着陸可能。

医療機器の設計

医療機器では患者安全確保が最優先されるため、安全性と信頼性向上のために複数の工夫が施されています。

  1. 冗長化:ハードウェアの冗長化で故障時も安全動作を維持。
  2. ソフトウェア品質の管理:ISO規格準拠テストでバグリスクを低減。
  3. UIの安全設計:誤操作防止警告メッセージや直感的インターフェースを採用。
  4. フェイルセーフ機能:電源喪失時のためのバックアップ電源を搭載。

信頼性向上への体系的アプローチ

 

フォールトトレランスは高可用性システムの基盤ですが、単体では万能ではありません。SIerはリスクベースアプローチを取り、クライアントのビジネスインパクト分析に基づいて適切な技術を組み合わせる必要があります。重要なのは、技術的完美性ではなく、投資対効果の最大化です。今後はAIOpsによる予兆検知とフォールトトレランスの連動が、新たな標準となるでしょう。システム信頼性の追求は、単なる技術課題を超え、企業の持続可能性そのものに関わる経営課題と言えます。

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太