なぜ日本企業のDXとAXは進みにくいのか?雇用制度の違いから読み解く

日本企業のDXが遅れる理由として、経営層のデジタル技術に対する理解不足や組織の硬直性、DX人材の不足などが挙げられてきました。しかし、日本独自の雇用制度も大きく関係しています。DXで業務を効率化しても、日本ではその効果をすぐに人件費削減へ反映できません。業務効率化によって現場の負担が減っても、その分だけ企業の利益が増えるわけではありません。一方、これからは現役世代そのものが減っていきます。短期的なコスト削減だけではなく、10年後、20年後の人材不足と技術継承まで見据えてDXとAI Transformation(AX)を進める必要があります。

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DXを進めても人件費はすぐには減らない

日本企業でもDXへの取り組みは広がっています。しかし、システムを導入し、作業時間を減らすだけでは企業の利益が同じ割合で増えるわけではありません。その背景には、DXによる省力化を人件費削減へ直接結び付けにくい日本の雇用制度があります。

日本企業のDXは業務効率化にとどまりやすい

IPAが2026年7月に公表した「DX動向2026」では、国内企業のDXへの取り組みや成果は前回調査と同程度でした。成果の内訳を見ると、データのデジタル化や業務効率化の割合が高い一方、企業価値の創出につながる成果は低い状態が続いています。AIについても導入企業は増えていますが、主な用途や効果は業務の効率化や迅速化です。

つまり、日本企業がDXを行っていないわけではありません。申請を電子化する、入力作業を自動化する、複数のシステムから情報を集めるといった改善は進んでいます。問題は、業務効率化の効果が企業の利益につながりにくい点です。

例えば、1日8時間かかっていた仕事を4時間で終えられるようになれば、業務としては大きな改善です。担当者の負担は減り、残業も減らせます。それでも、その担当者の給与が翌月から半分になるわけではありません。空いた4時間を別の仕事に活用できなければ、企業の収益改善にはつながりにくくなります。

DXで作業時間を何時間削減できたかは示せても、その時間をそのまま人件費の削減額に換算することはできません。この違いが、日本企業のDX投資を考えるうえで重要になります。

DXによる省力化と人件費削減は同じではない

10人で行っている業務を考えてみましょう。DXによって作業を大幅に自動化し、5人でも処理できるようになったとします。同じ業務を処理するのに必要な人数は、半分になったことになります。

しかし、日本企業が翌月から5人を解雇し、人件費も半分にするという対応は簡単ではありません。

厚生労働省は、使用者による解雇には制限があり、「使用者がいつでも自由に行えるというものではない」と説明しています。労働契約法第16条でも、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効とされています。

中央労働委員会の資料は、日本企業の正社員雇用について、定年までの安定した雇用を基本とし、雇用調整の際も解雇をできる限り避ける長期雇用慣行があると整理しています。

この仕組みは従業員の雇用を安定させる一方、DX投資を短期間で回収しにくくします。

5人分の仕事を減らしても、引き続き10人に給与を支払うなら、企業の支出は大きく変わりません。DXによって削減できる労働時間と、企業が削減できる人件費は一致しないのです。

事業再編や自動化に合わせて人員を調整しやすい海外企業であれば、省力化によって短期間で利益を増やせます。日本企業は同じ方法を採りにくいため、同じシステムを導入して同程度の作業時間を削減しても、投資回収には長い時間がかかります。

雇用制度がDXの損益分岐点を高くする

例えば、年間1,000万円をかけてDXを行い、年間2,000万円の人件費をかけていた業務を自動化し、必要な作業時間を半減できたとします。

人員も半分にできれば、年間1,000万円の人件費を削減でき、DX投資の効果を金額で示せます。一方、従業員をそのまま雇用するなら、給与支出は2,000万円のままです。人件費が変わらなければ、企業にはDXにかかる1,000万円の費用が新たに発生します。

もちろん、空いた時間を新規営業や商品開発、顧客対応などへ振り向け、新たな売上を生み出せればDXは十分に採算に乗ります。ただし、新たな売上を生み出すには、業務を効率化するだけでなく、人員配置や業務の進め方も見直す必要があります。

そのため、日本企業では「このシステムを入れれば何人分の作業を減らせるか」だけでは投資判断ができません。作業時間の削減によって生まれた余裕をどの業務に充て、いつまでに投資を回収するのかまで考えなければなりません。

経営者がDXを理解していない、組織が保守的だから導入しないという説明だけでは、この問題は見えてきません。日本企業には、DXで作業時間を減らしても、短期間では人件費を削減しにくい構造があります。 その結果、DX投資の損益分岐点も厳しくなります。

現場が楽になっても会社の利益には直結しない

DXの費用対効果を考えるとき、削減した作業時間に人件費の単価を掛けて、投資効果を計算する方法がよく使われます。しかし、日本企業では、この計算だけでは実際の投資効果を十分に表せません。業務効率化によって担当者の負担が減っていても、それが短期間で企業利益として現れるとは限らないためです。

「何時間削減したか」だけでは投資効果を測れない

年間2,000時間の事務作業を自動化した場合を考えてみましょう。

2,000時間をおおむね1人分の年間労働時間とみなし、「1人分の人件費を削減できた」と評価することはできます。しかし、実際に担当者が退職したわけでも給与を減額したわけでもなければ、会社が支払う人件費は変わりません。

ミスの修正に費やす時間も減らせます。顧客からの問い合わせに、以前より早く回答できる場合もあります。担当者の作業時間に余裕が生まれれば、これまで後回しにしていた仕事にも手を付けられます。

このような効果には価値があります。しかし、これらの効果をすべて短期的な利益として計上できるわけではありません。

現場にとって成功したDXと、短期間で投資額を回収できるDXは必ずしも一致しません。

「年間2,000時間を削減できるので、時給を掛ければ数百万円の効果がある」という試算だけでは、経営側から「その金額は実際にどこから削減されるのか」と問われたときに説明できません。

省力化によって生まれた時間を売上の拡大に生かすか、将来の採用人数を抑えることで、企業全体の投資効果を示せます。

DX補助金から見える日本企業の投資環境

政府も、企業がデジタル技術を導入する際の費用を補助しています。

中小企業庁は2026年、「デジタル化・AI導入補助金2026」を実施しています。中小企業や小規模事業者が労働生産性を高めるため、AIを含むITツールを導入する費用の一部を支援する制度です。通常枠では補助率が原則1/2以内、一定の条件を満たす場合には2/3以内となっています。

導入費用が200万円のITツールなら、100万円の補助を受けられるかどうかで企業の負担は大きく変わります。

裏を返せば、補助によって初期負担を下げなければ、採算を確保しにくいDX投資が少なくないということです。

特に、作業時間が減ってもすぐには人件費を削減できない日本企業にとって、補助金の有無による負担の差は大きくなります。業務効率化の効果が出ても、利用料や保守費用などの支出は企業が負担し続けます。

そのため、「導入すると便利になる」「作業が半分になる」という理由だけでは経営判断につながりません。何年で投資を回収できるのか、退職者の数や新たに採用する人数も踏まえて、どの程度の効果を見込めるのかを考える必要があります。

政府による補助制度は企業のDXを後押ししますが、それだけで構造上の問題がなくなるわけではありません。補助期間が終わった後もシステムを利用し続ける以上、最終的には企業自身がDXへの投資を長期的に回収できる仕組みを作らなければなりません。

雇用の安定とDXの難しさは表裏一体

日本の雇用制度には、DXの投資回収を難しくする一方で、従業員の雇用を安定させる面もあります。

業務効率化によって仕事が減っても、それを理由に直ちに従業員を解雇しない雇用慣行は、働く側から見れば大きな安心につながります。新しいシステムの導入がそのまま雇用削減につながるのであれば、従業員がDXへ協力することも難しくなるでしょう。

厚生労働省の資料では、雇用が安定していると新技術の導入や配置転換への抵抗が小さくなりやすく、長く続く職場の人間関係を通じて情報を共有・蓄積できるとされています。企業が教育訓練に投資しやすいことも利点とされています。

一人の社員が長く同じ会社で働けば、業務の手順だけでなく、顧客ごとの事情、過去のトラブル、例外的な対応、設備の癖、社内の調整方法なども身に付けていきます。

これは企業にとって大きな資産です。

日本企業は、長期雇用によってこうした知識を蓄積してきました。一方で、その知識を社員個人の経験に頼ってきた企業もあります。

DXを短期的な人員削減の手段としてだけ見ると、日本の雇用制度は足かせになります。しかし、長期雇用で蓄積した知識を会社に残すことも、DXの重要な役割になります。

長期雇用の中で培われた知識を、社員の退職前にデータとして会社に残す。日本企業にとって、これもDXに取り組む理由になります。

「人が減る社会」にDXとAXの価値がある

日本企業は短期間で従業員を減らしにくい一方、今後は現役世代の減少によって、必要な人材を採用しにくくなります。現在の人員を減らすことよりも、10年後、20年後に必要な人材を確保できなくなる事態への備えが重要になります。

現役世代の母数そのものが減っていく

国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(令和5年推計)」では、15~64歳人口は2020年の7,509万人から、2045年には5,832万人、2070年には4,535万人まで減少すると推計されています。人口全体に占める割合も、2020年の59.5%から2045年には53.6%、2070年には52.1%へ低下します。

現役世代の減少は、一時的な採用難とは性質が異なります。

景気の回復や待遇の改善だけで解消できる問題ではありません。採用の対象となる現役世代の人口自体が減っていきます。

もちろん、女性や高齢者、外国人材の活躍を広げることで労働力を補うことはできます。それでも、企業は「毎年、退職者と同じ人数を採用できる」と考え続けるわけにはいきません。

現役世代の減少を前提にすると、DXに求める役割も変わります。

現在10人で行っている仕事を5人で処理できるようにしたとしても、今すぐ5人を削減する必要はありません。10年後に3人が退職し、新たに1人しか採用できなかったときに、残った8人で同じ仕事を維持できればよいのです。

短期的には人件費が減らなくても、長期的には採用しなければならない人数を減らせます。人材不足による事業縮小のリスクも抑えられます。

DXを単年度ではなく10年単位で評価すれば、投資効果の捉え方は大きく変わります。

人を減らすDXから、人が減っても事業を続けられるDXへ

これまでDXの費用対効果は、「何人分の作業を削減できるか」という観点で語られることが多くありました。

しかし、これからの日本企業では、この発想を逆転させる必要があります。

人を減らすためにDXを行うのではなく、人が減っても事業を続けられるようにDXを進めましょう。

例えば10人で担当している受発注業務があり、今後10年間で3人が定年を迎えるとします。従来であれば3人を新たに採用し、業務を引き継ぐ必要がありました。

今から受注入力を自動化し、在庫確認や請求処理に使うシステムを連携させ、問い合わせ対応に必要な情報も検索できるようにしておけば、7人あるいはそれ以下の人数でも同じ業務量を処理できる可能性があります。

この場合、DXを導入した初年度には人件費は減りません。それでも10年間で考えれば、退職者と同じ人数を採用する必要がなくなり、採用や教育に必要な費用も抑えられます。

さらに、DXによって空いた時間を営業、企画、顧客対応などに充てられれば、単純なコスト削減とは別の効果も得られます。

現在の社員を解雇して投資額を回収する必要はありません。定年などによる退職と人口減少を見据え、少ない人数でも業務を維持できる状態を10年かけて作ればよいのです。

日本の雇用制度と人口構造を考えると、DXはこのような長期的な視点で進める方が適しています。

ベテラン社員の知識を会社へ残す

もう一つ重要なのが知識です。

ベテラン社員が退職すると、会社が失うのは1人分の労働力だけではありません。20年、30年の経験によって身に付けた判断基準やノウハウも同時に失われます。

「この設備は冬になるとここを確認する」「この顧客からこの依頼が来た場合は先にこの部署へ連絡する」「この異常音がしたらこの部品を疑う」といった知識は、業務マニュアルには残っていない場合があります。

あと10年で定年を迎えるベテラン社員がいるなら、その10年間を知識の継承に使えます。

日々の対応履歴にトラブルの解決方法や判断理由も記録していけば、個人が培った経験を、社内で共有できる情報として蓄積できます。さらにAIを活用すれば、蓄積した大量の情報から必要な知識を探し、若手社員が利用できる環境を作れます。

すでに、そのような取り組みは始まっています。

2025年版中小企業白書では、南部鉄器を製造するタヤマスタジオ株式会社の事例が紹介されています。同社では熟練職人へのヒアリングを基に、鋳造の基本や不良発生の仕組みなどをAIへ学習させ、熟練職人の思考をモデル化しています。若手職人がAIから製造技術やノウハウの基礎を学べる仕組みを作り、経験や感覚に依存していた暗黙知を形式知へ変換しています。

白書では、こうした取り組みを含む人材育成によって、同社の若手職人が従来の3分の1の期間で戦力になったとも紹介されています。

AIは熟練したベテラン社員の代わりにはなりません。それでも、ベテラン社員の知識を整理し、次の世代へ引き継ぐ手段として活用できます。

10年計画でDXとAXを進める

知識の継承には、DXで情報を蓄積し、AXで活用するという二つの段階があります。

最初に必要なのはDXです。紙に記録したり口頭で伝えたりしていた情報をデジタル化し、対応履歴や判断結果をデータとして残せる状態にします。各システムに分散している情報も、必要に応じて連携できるようにします。

次に、そのデータをAIで検索・分析し、業務に役立てます。これがAI Transformation(AX)です。

社内文書をAIで検索する、過去の問い合わせを参考に回答案を作る、熟練者の判断事例から若手社員が学ぶ、退職した社員が担当していた過去案件の経緯を調べるといった使い方が可能になります。

ベテラン社員が退職する直前になって「ノウハウを全部マニュアルにしてください」と依頼しても、数十年分の経験を短期間で文章にすることはできません。

そのため、退職が近づいてからまとめて聞き取るのではなく、日々の業務の中で知識を記録していく必要があります。

日々の業務内容や判断を記録し、重要な判断や例外対応を整理して、社内で共有できるようにしましょう。10年間続ければ、退職時点では膨大な知識が社内に残ります。

DX・AXの評価指標も変える必要があります。単年度のコスト削減額だけを見るのではなく、退職者と同じ人数を新たに採用しなくても業務を維持できたか、ベテラン社員の知識を次の世代へ引き継げたか、少ない人数で従来と同じサービスを提供できるようになったかを見ていきます。

働き手が十分に確保できる社会であれば、DXの主な目的を短期的な効率化に置くこともできました。しかし、現役世代が減少していく日本では事情が異なります。

10年後の人手不足に備え、今からDXで知識を蓄積し、AXで次の世代が使えるようにする。 これが、日本企業にとって重要な長期投資になります。

まとめ

日本企業では、DXによって業務を効率化しても、その効果をすぐに人件費削減へ反映しにくいため、短期的なコスト削減だけで投資を評価すると採算は厳しくなります。一方、15~64歳の人口が長期的に減少しているため、現在と同じ人数を採用し続けることは次第に困難になります。

だからこそ、DXの目的を業務効率化と作業量の削減だけに置くべきではありません。退職者が出ても少ない人数で業務を維持できる仕組みを作り、長期雇用によって培われたベテラン社員の経験や判断を、会社の知識として残していきましょう。DXで業務の記録やベテラン社員の知識を残し、AXによって次の世代が活用できるようにすることが鍵になります。

日本企業に必要なのは「コストカットのためのDX・AX」ではなく、「現役世代が減っても事業と知識を残せるDX・AX」です。

短期的な投資回収だけを見るのではなく、10年後の人員構成と事業継続まで見据えてDXとAXを進めることが重要です。

参考文献

IPA「DX動向2026」広がるAI導入、DXは変われるか

デジタル化・AI導入補助金2026「通常枠」

厚生労働省「情報通信技術革新が進む中での労働市場のあり方」

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太