研修の内製化に取り組むコールセンターが増えています。しかし実際には、現場管理で手いっぱいのSVが片手間で実施していたり、QA担当者が兼任するなどして何とか回していることが少なくありません。
講師のインストラクションスキルは、研修効果に大きな影響を与えますが、担当者の「経験や勘」に頼りきった研修カリキュラムになっている現場が多いのが実情です。
今回は「インストラクショナルデザイン」という科学的な知見に基づいた研修カリキュラムの設計について詳しく解説します。
「インストラクショナルデザイン」という考え方
「教え方」を教わらないままの講師
在宅コールセンターの増加という背景もあり、従来の研修体系を大幅に見直す企業が増えています。特に研修のオンライン化が急速に進んでいますが、カリキュラムはSVや研修担当者に任せきりになりがちです。
社外研修への参加などから講師スキルのトレーニングを受けているケースもありますが、その多くは心構えやホワイトボードの使い方など、講師としての振る舞いを学ぶ内容にとどまることも少なくありません。実際には教え方や研修カリキュラム設計を学ぶ機会がないまま、実務を担っていることのほうが多いのです。
今回ご紹介する「ガニエの9教授事象」は、教材の設計段階から研修終了後の評価までを行う科学的な知見に基づいたアプローチで、「インストラクショナルデザイン」と呼ばれるものです。経験が少なく慣れない講師でも、一定の学習効果が期待できる優れた理論なのです。
インストラクショナルデザインとは
インストラクショナルデザインとは、そもそも第二次大戦中の米軍によって開発された、新兵の訓練のためのプログラムとして誕生しました。短期間の訓練で戦闘技術を習得するためであったインストラクショナルデザインは、その後企業研修や学校教育に引き継がれてきたものです。
従来の教育内容と異なり、インストラクショナルデザインには主に以下のような特徴があります。
・学習意欲を高めるための動機づけを重要視する
・理解ではなく具体的な行動に目標を置く
・受講者の習熟度や行動変化を測定し、分析と評価を行う
学校教育と異なる、大人を対象としたいわゆる「成人学習」では特にこの3点が重要なのです。インストラクションデザインは、戦後も「心理学」や「情報科学」などあらたな分野を取り入れながら学術的に研究され、発展を遂げてきた確実性のある理論なのです。
インストラクショナルデザインの手順
基本は「ADDIEモデル」
インストラクショナルデザインの代表的な理論として「ADDIEモデル」があります。Eラーニングの設計などに活用されている有名な理論で、以下の5つのプロセスで教育プログラムを改善する手法です。
- 分析(Analysis)
- 設計(Design)
- 開発(Develop)
- 実施(Implementation)
- 評価(Evaluation)
研修前の「分析」と研修後の「評価」は抜けがち
ADDIEモデルの最初に行う「分析」のプロセスが不十分なままで研修を設計していることがほとんどではないでしょうか。研修の目的や目標、前提となる知識レベルなどの現状を把握する重要なプロセスです。このプロセスを疎かにすると、到達点を誤ったり、適切な教材の選定とならないなど、さまざまなブレが生じてきます。
また、最後の「評価」のプロセスを実施していないケースも少なくありません。受講者の習熟度が設定した目標に到達しているかどうかを測定し、必要に応じて研修プロセスを改善することが必要ですが、ここも抜けがちです。
ガニエの9教授事象とは
外部から受講者への働きかけを研究
教育プログラムの改善手法であるADDIE理論とは異なり、効果的な教え方のステップを整理した「ガニエの9教授事象」も、インストラクショナルデザインの代表的な理論です。
アメリカの教育心理学者ロバート・M・ガニエ博士は、人が新しい知識や技術を身に着ける際に、外部からどのような働きかけを行ったら最も効果的かを研究しました。研究結果として、使用する教材や講師が教えるプロセスが9種類の働きかけに分類されることを発見したのです。
ガニエの理論に沿って研修設計を行うことで、受講者の学習意欲のばらつきに左右されず一定の学習効果が期待できるだけでなく、研修を実施する講師の経験値に関わらずに研修を設計できるというメリットがあります。
ガニエの9教授事象の具体的プロセス
ガニエの9教授事象のプロセスは以下のようになっています。
- 学習者の注意を喚起する(受講者の注意をひき、学習内容が自分にとってメリットがあることだと動機づける)
- 学習者に目標を知らせる(学習の到達点を共有する。終了後にどうなってほしいかを伝える)
- 前提条件を思い出させる(その日の学習内容の前提として必要となる知識の共有。前日までの復習も含まれる)
- 新しい事象を提示する(教える側が伝え方を工夫し、その日の学習内容を教える)
- 学習の指針を与える(学習したことの現場での事例や、言い換えを使った説明などを通して理解を深める)
- 練習の機会を作る(問題を解く、ロールプレイングを行うなどして理解や定着をはかる)
- フィードバックを与える(回答の間違いやロールプレイングでできなかったところにアドバイスをする)
- 学習成果を評価する(テストなどから理解度を測定するなどして評価する)
- 保持と転移を高める(学習内容を定着させ、さらにほかのことに興味を持たせる)
研修と評価をワンセットに
やりっぱなしの研修になっていないか
コールセンターの研修カリキュラムは、業務知識だけでも相当な研修時間数が必要になることが多く、研修カリキュラムはいかに知識の習得を効率よく行うかに重点を置いてしまいがちです。
本来はADDIE理論に沿って「現状分析」からスタートすべきですが、分析も全体設計も行わないまま、「どう教えるか」ということに重点を置いてしまうのです。
さらに、評価も行わないままの「やりっぱなし」の研修になってしまうケースが少なくありません。本来、研修と評価はワンセットで行われるべきものです。
研修のチェックリストとして活用できる
ガニエの9教授事象の最初のプロセス「学習者の注意を喚起する」は、単なる研修のアイスブレイクのことではありません。なぜこの学習が必要なのか、学習することによってどのようなメリットがあるのかなど、受講者をいかに動機づけるか、ということが研修のスタート地点です。
コールセンターの研修は、新卒採用のように同じ年齢や属性のかたがたを対象とするのではなく、多様なバックボーンを持つ受講者で構成されることのほうが多いものです。いかに動機づけできるかどうかは、着台後の応対品質にも大きな影響を与える要素です。
インストラクションデザインを取り入れることは、現在の研修カリキュラムを俯瞰し、チェックリストとして抜け漏れを確認するだけでも効果を発揮するものです。「ADDIE理論」「ガニエの9教授事象」に沿って、まずは自己チェックしてみることをおすすめします。
まとめ
今回はインストラクションデザインについてご紹介しました。科学的なアプローチとは、つまり「再現性がある」ということです。デジタル化が進むだけでなく、在宅コールセンターへの移行が進み、「経験や勘」が頼りにならない時代になってきました。研修が重要な位置を占めるコールセンターこそ、インストラクションデザインの知見を取り入れるべき時ではないでしょうか。