BCP(事業継続計画)とは?その重要性と導入のためのステップ

近年、自然災害やシステム障害、感染症の流行など、企業活動を脅かすリスクが増大しています。突発的な危機が発生した際にも、事業を止めずに継続し、顧客や社会からの信頼を守るためには「事業継続計画(BCP)」の策定が不可欠です。本記事では、BCPの基本と重要性、さらに実際の地震による停電トラブルを経験した企業の実例を交え、導入のための具体的なステップを解説します。

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BCP(事業継続計画)とは

BCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)は、緊急事態に事業資産の損害を最小限に抑え、中核業務を継続・早期復旧するための計画です。 中小企業では特に重要であり、企業価値の向上や社会的責任の遂行に直結します。

【参考】BCP(事業継続計画)とは?

BCPの概要

BCPは、企業活動に重大な影響を与える緊急事態が発生した場合に、被害を最小限に抑え、重要な業務を中断させずに継続し、早期復旧を実現するための行動計画です。その目的は、「事業の継続」そのものにあり、具体的な行動指針や復旧プロセスを明文化し、全社的に共有・運用することが求められます。

BCPの主な構成要素は以下の通りです。

  • 優先すべき業務の特定: 企業の中核となる業務、緊急時にも継続・早期復旧が必要な業務を明確にします。
  • 復旧目標時間の設定: 業務再開までの目標時間(RTO: Recovery Time Objective)を設定し、具体的な復旧計画を立てます。
  • 代替手段の整備: 緊急時に備え、代替拠点、代替システム、代替要員などを確保します。
  • 緊急時の連絡網や指揮系統の明確化: 緊急時の連絡体制、指揮命令系統を明確にし、迅速な情報伝達を可能にします。

これにより、限られた経営資源を効果的に投入し、危機的状況下でも「守るべき業務」と「守るべき水準」を維持できる体制を整備します。

BCPが生まれた背景

BCPが注目されるようになった背景には、大規模災害やテロ、感染症の流行、サイバー攻撃など、企業を取り巻くリスクの多様化・深刻化があります。特に日本では、2011年の東日本大震災をきっかけに、災害時に事業が長期にわたって停止し、取引先や顧客の信頼を失い、企業価値が大きく毀損する事例が相次いだことで、事業継続の重要性が再認識されました。

加えて、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展やグローバル化、合理化による24時間365日稼働の一般化が進み、企業活動はより複雑かつ連続的なものとなりました。IT化やクラウドサービスの普及により、データの保護やサイバーセキュリティの強化が不可欠となり、「事業を止めない」「早期に復旧する」ための具体的な計画が必要不可欠となっています。

こうした社会的要請や経営環境の変化を受け,BCPは企業の経営戦略の一環として位置づけられるようになっています。

従来の災害時対応マニュアルとの違い

災害時対応マニュアルは、災害発生時に従業員の安全確保や施設・設備の被害抑制を第一の目的とし、避難方法や初期対応、被災後の復旧手順など、具体的な行動指針を示しています。災害時対応マニュアルが目指すのは人命と物的資産の保護です。

一方、BCPは災害や事故が起きた場合に、事業を継続・早期復旧させることを主な目的としています。中核業務の特定や復旧目標の設定、代替手段の整備など、長期的な事業継続・安定性を確保するための計画であり、間接的な被害(取引先や顧客への影響など)も含めて対策します。災害時対応マニュアルが即応性を重視し、人命や物的被害の最小化を目指すのに対し、BCPは「事業を止めない」「早期に復旧する」ための戦略的計画です。BCPが重視するのは、事業の継続と早期復旧、そしてステークホルダーからの信頼維持です。

BCPを策定している企業

実際にBCPを策定し、効果的に運用している企業の事例は多数あります。たとえば、株式会社堀場製作所(製造業)は、東日本大震災や熊本地震で被災しながらも、医用機器や半導体機器の生産を継続し、急激な需要増加にも迅速に対応しました。また、イオン株式会社(小売業)は、全国の店舗や物流網を活かし、災害時に地域のインフラとして機能できるよう、自治体や外部パートナーと連携したBCPを整備しています。

そのほかにも、鹿島建設株式会社(建設業)東京海上日動火災保険株式会社(金融・保険業)ヤマトホールディングス株式会社(運輸業)など、幅広い業種の企業がBCPを導入し、事業継続力を強化しています。

中小企業においても、非常時の連絡体制や代替拠点の確保、データバックアップ体制の整備など、自社の規模や事業内容に応じたBCP策定事例が増えています。

BCP導入のケーススタディ:停電を経験した精密機器メーカーの場合

精密機器メーカーのC社は、過去の地震による停電を教訓に、BCP(事業継続計画)の策定・運用に力を入れています。 ここでは、C社がBCPを導入するに至った経緯や、リスク評価、体制構築、具体的な対策、従業員教育、継続的改善の取り組み、そしてその成果について解説します。

大きな地震による停電と事業への影響

東京都に本社と営業所、関東内陸部に複数の工場を展開する精密機器メーカーのC社は、ある日大きな地震に見舞われました。大きな被害はなかったものの、長期間の停電により工場が停止し、本社ビルも停電で機能が麻痺しました。この間、一部の従業員と連絡が取れない状態が続き、業務の継続や情報共有に大きな支障が生じました。

この経験から、C社はBCPの必要性を強く認識することとなりました。

BCP導入の検討と体制構築

C社は、まず社長室直下にBCP検討部隊を設置し、外部コンサルタントを招聘しました。外部の専門家とともに、現状把握と今後の進め方を検討し、全社への情報共有や体制構築の準備を進めました。

BCPの理念は「災害や事故などで通常の業務が困難になった場合でも、事業を継続し、早期に復旧させること」です。そのため、まずは総務部門を中心とした事務局を設け、各事業所・各部門からリスクや課題を洗い出し、優先すべき事業・顧客の順位付けを行いました。

リスク評価と情報収集

外部コンサルタントのアドバイスも受けながら、C社は自社のリスク評価と情報収集に取り組みました。過去の災害記録や関東地域の地震・停電リスク、さらにはサイバー攻撃や感染症の流行など多角的なリスクを洗い出し、施設の耐震性や非常用電源の有無、データバックアップの状況、緊急連絡網の整備状況などを詳細に調査しました。

体制構築と具体的な対策

リスク評価の結果を踏まえ、C社はBCPの体制構築と具体的な対策に着手しました。本社機能が停止しないよう、システムのクラウド化とVPN(Virtual Private Network/仮想専用線)によるリモート接続を可能にしました。クラウド環境は、西日本と東日本で二重化し、片方のデータセンターが被災してもサービスが継続できる体制を整備しました。これにより、本社ビルが被災しても、遠隔地から必要な業務を継続できるようになりました。

製造部門については、拠点の分散化が望ましいものの、設備や金型の移設、人員の再配置などはすぐには難しいため、停電・設備の破損・輸送手段の途絶といった原因ごとに復旧のための方策を検討しました。停電対策としては、主要な生産ラインや情報システムに必要な電力を確保するため、非常用発電機を導入し、定期的な点検と燃料の備蓄を行っています。また、受電設備の複数化や蓄電池の活用も進め、外部電源が途絶えた場合でも最低限の生産を維持できる体制を整えました。設備の破損に対しては、重要設備の耐震化や補修用部品の在庫確保、外部メーカーとの緊急対応契約を締結しています。被災時には、優先的に復旧すべき設備を明示し、迅速な修理や代替設備の手配ができるよう事前に手順を定めています。輸送手段の途絶については、複数の物流事業者と代替輸送契約を結ぶほか、地域内の協力会社や他拠点との連携により、原材料や完成品の輸送ルートを多様化しています。さらに、災害時には緊急輸送用の小型車両や近隣拠点からのサポートも活用できるよう、平時から関係構築を進めています。

非常用発電機の導入や設備の耐震化、部品や原材料の在庫確保、他企業とのアライアンスによる生産委託など、現実的な対策を優先的に実施しました。

他企業とのアライアンスも積極的に推進し、被災時に相互支援ができる体制を整えました。これにより、自社だけでなく取引先や地域社会全体の事業継続力向上にも貢献しています。

従業員教育と訓練の強化

BCPの実効性を高めるため、C社は全従業員を対象にBCPの意義や具体的な行動手順について教育を実施しました。年2回の防災訓練やBCPシミュレーションを定期的に行い、実践力の向上に努めています。

運用開始後の見直しと継続的改善

BCPの運用開始後、C社は各部門の代表者を交えて定期的にリスク評価を実施し、事業計画とともにBCPも見直しています。このプロセスは経営計画の一部として位置づけられ、年次計画や中期経営計画の策定時に必ずBCPの見直しが行われます。訓練やシミュレーションの結果を踏まえ、課題があれば速やかに反映し、災害時の初動対応や業務継続の精度向上に努めています。

BCPは単なる危機管理マニュアルではなく、経営計画の一部として日常的に活用されていることが、C社の事業継続力の根幹を支えています。

BCP導入の成果と今後の課題

C社のBCP導入は、災害発生時に設計・生産・供給といった主要業務をいかに継続・早期復旧させるかという具体的な方策を社内で共有するきっかけとなりました。実際に地震による業務の麻痺を経験したことで、従業員一人ひとりの危機意識が高まり、各事業所のメンバーからも積極的な協力が得られるようになりました。これは、単なるマニュアル策定にとどまらず、組織全体の防災意識の浸透という副産物をもたらしました。

また、BCP策定の過程で、不測の事態にどう対応するかという意識づけが全社的に行われたことも大きな成果です。日常業務の延長線上に危機管理の視点を取り入れることで、従業員の行動や意思決定に変化が見られるようになりました。

さらに、こうした取り組みを企業のホームページやCSR報告書などで積極的に発信したことで、顧客や取引先からの信頼が高まり、地域社会における企業イメージの向上にもつながっています。災害時の対応力や事業継続への姿勢を外部に示すことで、安定した事業運営の安心感を訴求できるようになりました。

今後もC社は、変化するリスクや社会環境に柔軟に対応し、BCPを継続的に見直しながら、事業継続力の向上に努めていく方針です。

BCP導入のためのステップ

BCPは一朝一夕で完成するものではありません。自社のリスクや事業特性を踏まえ、段階的に策定・運用していくことが重要です。代表的な導入ステップは以下の通りです。

1. 基本方針と目的の明確化

まず、BCP策定の目的(従業員の安全確保、供給責任の履行、企業価値の維持など)を明確にし、経営層のリーダーシップのもとで全社的な推進体制を整えます。
経営者が率先して方針を示すことで、各部門の協力が得られやすくなります。

この段階では、経営層や各部門の責任者へのヒアリングシートを活用し、経営上の重要課題や優先事項を明確にすることが有効です。
ヒアリングシート例

  • 自社にとって事業継続上、最も重要な業務は何か
    (回答例:基幹システムの運用、顧客からの受注・問い合わせ対応)
  • 災害時に絶対に守りたい顧客や取引先はどこか
    (回答例:主要顧客A社、B社)
  • 現状で懸念しているリスクや課題は何か
    (回答例:地震による設備停止、サイバー攻撃による情報漏洩)

2. 中核事業と重要業務の特定

自社の中で「絶対に止められない業務」を洗い出し、優先順位をつけます。BIA(ビジネスインパクト分析)を活用し、災害時の影響度や復旧目標時間を設定します。
「何を守るべきか」を明確にすることで、限られたリソースを効果的に活用できます。

この段階では、全社員や各部門を対象にアンケートを実施し、業務の重要度や中断時の影響度を可視化します。
アンケート例

  • 業務ごとの中断による影響(売上減少、顧客離反、法令違反リスクなど)
    (回答例:基幹システム停止による売上機会損失、顧客からの信頼低下)
  • 復旧までの許容時間(RTO:復旧時間目標)
    (回答例:基幹システムは24時間以内、その他業務は72時間以内)
  • 業務継続に必要なリソースやシステム
    (回答例:サーバー、ネットワーク、電力、代替オフィス)

また、Excelや専用テンプレートを活用したワークシートも有効です。
ワークシート例

  • 業務名、中断時の影響度、復旧優先順位、必要なリソースを一覧化
  • 影響度を「高・中・低」で評価し、復旧計画の根拠とする

3. リスク分析と対策の検討

地震や停電、システム障害など想定されるリスクを分析し、事業中断リスクの低減策や代替手段(バックアップ拠点、クラウド利用、通信手段の多重化など)を検討します。
リスク分析は机上の空論にならないよう、実際に起こりうるシナリオを想定することが大切です。

リスク分析には、チェックリストを活用することが有効です。
リスク分析チェックリスト例

  • 地震、津波、水害などの自然災害に対する備え
    (回答例:建物の耐震化、非常用電源の確保、避難経路の確認)
  • 火災、爆発、事故などの人為的災害に対する備え
    (回答例:防災設備の設置、定期的な避難訓練の実施)
  • システム障害、サイバー攻撃、情報漏洩などのITリスクに対する備え
    (回答例:バックアップ体制の構築、セキュリティ対策の強化)
  • 感染症、パンデミックに対する備え
    (回答例:在宅勤務体制の整備、感染症対策グッズの備蓄)

4. 計画書の作成と社内周知

具体的な行動計画を文書化し、定期的な訓練や見直しを行います。BCPは「作って終わり」ではなく、継続的な改善と社員への教育が不可欠です

計画書には、緊急時の連絡体制、代替手段の確保、復旧手順などを明確に記載します。
計画書記載例

  • 緊急連絡先リスト(役員、従業員、取引先、関係機関)
  • 代替オフィスの所在地、利用方法
  • サーバー復旧手順、データ復旧手順
  • 安否確認方法、参集方法

社内周知には、研修、説明会、eラーニングなどを活用します。

5. 訓練の実施と定期的な見直し

作成したBCPに基づいて、定期的な訓練を実施し、計画の実効性を検証します。訓練の結果や事業環境の変化を踏まえ、BCPを継続的に見直します。

訓練の種類

  • 机上訓練:災害発生時の対応手順を机上で確認する
  • 実動訓練:実際に避難や設備操作などを行う
  • シミュレーション訓練:災害発生を想定し、対応をシミュレーションする

見直し例

  • 年1回の定期的な見直し
  • 組織変更、事業内容変更、リスク環境変化時
  • 訓練実施後

BCP作成時に気をつけるべきポイントと課題

  • 経営層のコミットメント
    BCPは経営課題です。経営層が率先して推進しないと、現場の協力が得られません。
  • 現実的なリスク評価
    想定リスクを過小評価せず、具体的なシナリオで検討しましょう。
  • 優先順位の明確化
    「何を守るべきか」を明確にし、限られたリソースを有効活用しましょう。
  • 継続的な訓練と見直し
    BCPは一度作って終わりではありません。定期的な訓練や見直しで実効性を高めましょう。
  • 社内周知と意識醸成
    全社員がBCPの意義を理解し、災害時に適切に行動できるよう教育を徹底しましょう。

ヒアリングシート・アンケート・ワークシートを活用することで、BCP策定の初期段階から現場の声を反映し、実効性の高い計画を作成できます。
無料のテンプレートやサンプルも多数公開されているため、自社に合ったフォーマットを選び、効率的に進めることが可能です。

どこから始めればよいか迷ったときは、まず自社のリスクと「守るべき業務」を洗い出すことからスタートしましょう。
内閣府の事業継続ガイドラインや現場での実践知を参考に、自社に合ったBCPの策定・運用を進めることが、企業の持続可能性を高める上で不可欠です。

企業の存続と信頼を守るために

BCPは、企業の存続と信頼を守るための「経営の生命線」です。実際の災害やトラブルを経験した企業ほど、その必要性と効果を強く実感しています。自社のリスクに向き合い、平時からBCPを策定・運用することで、緊急時にも落ち着いて対応し、事業の早期復旧と長期的な成長を実現しましょう。

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太