
現代社会では、イノベーションがますます重要視されています。新しいアイデアや発想は、どのようにして生まれるのでしょうか?
実は、脳科学の観点から見ると「リラックスした脳の状態」が創造性の源泉であることが分かってきました。本記事では、イノベーションと脳の関係、そしてリラックスが生むひらめきの実例についてご紹介します。
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リラックスが生んだイノベーション
リラックスした状態が生み出す「ひらめき」や「創造性」は、古くから偉大な発明や芸術作品を生み出してきました。ここでは、リラックスが生んだ実際のイノベーション事例と、関わった人物の略歴・業績を紹介します。
アルベルト・アインシュタインの散歩によるひらめき
アルベルト・アインシュタインは、ドイツ生まれの理論物理学者であり、現代物理学の基礎を築いた人物です。スイス連邦工科大学チューリッヒ校を卒業後、特許庁で働きながら物理学の研究を続け、1905年に「奇跡の年」と呼ばれるほど革新的な論文を発表しました。彼は特殊相対性理論や一般相対性理論、光量子仮説など、物理学に大きな影響を与える業績を残し、1921年には光電効果の理論的解明でノーベル物理学賞を受賞しています。
アインシュタインは「私はしばしば散歩中に最良のアイデアを得る」と語り、散歩やバイオリン演奏などのリラックスした時間を大切にしていました。意識的な思考から離れてリラックスした状態が、新しい発想や解決策を生み出すきっかけとなったのです。彼のひらめきは、現代の創造性科学やイノベーション研究においても重要なリファレンスとなっています。
ニコラ・テスラの入浴中の発明アイデア
ニコラ・テスラは、クロアチア生まれのセルビア系アメリカ人の発明家・電気技師・物理学者です。グラーツ工科大学で学び、ブダペストやパリで働いた後、アメリカへ渡りました。テスラは交流電流(AC)システムの開発や普及に大きく貢献し、ワイヤレス電力伝送やテスラコイル、無線通信など、多くの発明を手がけました。彼の技術は現代の電力供給や通信技術の基礎となっています。
テスラは入浴中や散歩など、心身が緩んだ状態で多くの発明の着想を得ていたとされています。特に交流電流のアイデアは、こうしたリラックスした時間の中で生まれたと伝えられています。彼は意識的な思考から離れて脳が自由に発想を巡らせる時間を重視し、そのひらめきが後の世界を変える発明につながったのです。
ポール・マッカートニーの「イエスタデイ」誕生エピソード
ポール・マッカートニーは、イギリス出身のミュージシャン、作曲家、歌手です。ビートルズのメンバーとして世界的な名声を獲得し、ロック音楽の歴史に大きな影響を与えました。ビートルズ解散後もソロ活動やウイングスでの活動を通じて、数多くのヒット曲を生み出し続けています。
ビートルズの名曲「イエスタデイ」のメロディーは、マッカートニーがベッドで眠っているとき、夢の中でふと浮かんできたものです。目覚めた直後、彼はそのメロディーを忘れないようにすぐにピアノで再現しました。リラックスした睡眠中やまどろみの状態が、意識的な努力では得られないひらめきをもたらした好例です。このエピソードは、リラックスが芸術や音楽の分野でも創造性を引き出す重要な要素であることを示しています。
山中伸弥教授のシャワー中のひらめき
山中伸弥は、日本の医学者・科学者で、京都大学iPS細胞研究所所長を務めています。山中教授はiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究で2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。iPS細胞は、体のあらゆる組織や臓器に分化できる能力を持つ細胞で、再生医療の分野で大きな期待が寄せられています。
山中教授は、研究に行き詰まった際にシャワーを浴びている最中に重要なひらめきを得たと語っています。日常のリラックスした時間が、従来の常識にとらわれない革新的なアイデアを生み出すきっかけとなったのです。このエピソードは、リラックスがイノベーションを生む原動力であることを象徴しています。
これらの事例は、リラックスした状態が単なる休息ではなく、創造性やイノベーションの源泉であることを示しています。意識的な努力や集中だけでなく、リラックスした時間を大切にすることこそが、新しい価値を生み出す鍵となるのです。
リラックスした状態で脳が自由に発想を巡らせることで、従来の枠組みにとらわれない新しいアイデアや解決策が生まれることは、現代のビジネスや研究の現場でも再認識されています。
脳が最も創造的な状態「デフォルトモードネットワーク」とは

リラックスした状態が生み出す「ひらめき」や「創造性」は、脳科学の観点からも注目されています。ここでは、脳のデフォルトモードネットワーク(DMN)とその役割について解説します。
【参考】デフォルト・モード・ネットワーク
デフォルトモードネットワーク(DMN)とは
私たちの脳は、何もしていないときやぼんやりしているときに「デフォルトモードネットワーク(DMN)」と呼ばれる領域が活発に働いています。
DMNは、過去の経験や知識、感情を自由に結びつける役割を持ち、意識的な集中状態とは異なる“創造的な思考”の土壌となります。
リラックスした脳がイノベーションを生む理由
集中して考えているとき、脳は「中央実行ネットワーク」を主に使っていますが、これだけでは新しい発想はなかなか生まれません。
一方、リラックスしているとき、DMNが活性化し、無意識のうちにさまざまな情報や記憶が組み合わさり、思いもよらないアイデアが生まれるのです。
この現象は「セレンディピティ(偶然の発見)」とも呼ばれ、イノベーションの原動力となっています。
DMNが働いているとき、人は過去の経験や未来の展望、他者の視点など、さまざまな情報を自由に結びつけ、新しい発想やひらめきを得やすい状態になります。たとえば、シャワーを浴びているときや散歩中、睡眠前のまどろみなど、意識的な思考から離れた状態でこそ、革新的なアイデアが生まれるのはこのためです。
脳科学の研究によれば、DMNは主に内側前頭前野(mPFC)、後部帯状皮質(PCC)、楔前部、側頭頭頂接合部(TPJ)など、複数の脳領域から構成されています。これらの領域は、自己や他者に関する思考、過去の記憶や未来の予測、社会的認知など、高次な認知機能に関わっています。DMNは、外部の課題や作業に集中していないときに働き、内省や空想、心の放浪(マインドワンダリング)を引き起こします。これが、アインシュタインやテスラ、マッカートニー、山中伸弥教授などの事例で見られる「リラックス中のひらめき」の背景にある脳の仕組みです。
DMNと創造性の関係
DMNの活動は、創造的な思考やイノベーションに不可欠な要素です。たとえば,過去の経験や知識を思い出し,それらを新しい形で結びつけることで,今までにないアイデアが生まれます。これは,芸術や科学,ビジネスなど,さまざまな分野で新しい価値を生み出す原動力となっています。
また,DMNは「自己言及」「社会的認知」「エピソード記憶」「言語と意味記憶」「マインドワンダリング(心の放浪)」といった機能を持っています。これらの機能が融合することで,人は自分自身や他者のことを深く考え,未来を想像し,過去の経験を活かした新しい発想を生み出します。たとえば,ビートルズのポール・マッカートニーが夢の中で「イエスタデイ」のメロディーをひらめいたのも,DMNの働きによるものです。
さらに,DMNは“ぼんやりしているとき”や“何もしていないとき”に特に活性化します。この状態が,脳にとって“デフォルト”とも言える自然な状態であり,創造性を高めるために必要な時間と考えられています。現代社会では,常に何かに集中し,効率を重視する傾向が強まっていますが,創造性やイノベーションを生み出すためには,あえて“何もしない時間”や“リラックスする時間”を持つことが重要です。
セレンディピティとイノベーション
セレンディピティ(偶然の発見)は,意識的な努力や集中だけでは得られません。リラックスして脳が自由に発想を巡らせることで,偶然のひらめきや思いがけない発見が生まれます。これは,科学や芸術,ビジネスの現場で多くのイノベーションを生み出してきました。
たとえば,アインシュタインが散歩中に相対性理論のアイデアを得たのも,ニコラ・テスラが入浴中に交流電流の着想を得たのも,山中伸弥教授がシャワー中にiPS細胞のヒントを得たのも,すべてリラックスした状態でのDMNの働きによるものです。リラックスした脳の状態が,従来の枠組みにとらわれない新しい発想や解決策を生み出す土壌となっているのです。
デフォルトモードネットワーク(DMN)は,リラックスした状態で活発に働き,創造性やイノベーションの源泉となる脳のネットワークです。意識的な集中状態だけでは得られない“ひらめき”や“セレンディピティ”は,DMNが活性化するリラックスした時間にこそ生まれます。
現代社会では,効率や生産性が重視され,リラックスする時間が減りがちです。しかし,創造性やイノベーションを生み出すためには,意識的に“何もしない時間”や“ぼんやりする時間”を持ち,脳のDMNを活性化させることが重要です。これが,偉大な発明や芸術作品,革新的なビジネスモデルを生み出した共通の秘訣なのです。
リラックスした脳を活性化するためのヒント
リラックスした状態が脳の創造性やイノベーションを生むことは、これまでにご紹介したとおりです。では、実際にどのようにしてリラックスした脳を活性化すればよいのでしょうか?ここでは、日常生活に取り入れやすい具体的なヒントを、科学的な根拠とともにご紹介します。
散歩や軽い運動を取り入れる
単調なリズム運動は、脳のデフォルトモードネットワーク(DMN)を活性化しやすく、ひらめきのきっかけになります。
たとえば、散歩やジョギング、サイクリングなど、一定のリズムを刻む運動は、意識的な思考から脳を解放し、無意識のうちにさまざまな情報や記憶が結びつきやすくなります。アインシュタインが散歩中に相対性理論のアイデアを得たように、多くの偉人やクリエイターが日常的に運動を取り入れているのも、この効果を実感しているからです。
運動によって体を動かすと、脳への血流が増加し、ストレスホルモンの分泌が抑えられます。これにより、脳がリラックスした状態になり、DMNが働きやすくなります。また、屋外を歩くことで自然に触れることも、脳のリフレッシュや創造性の向上に効果的です。「歩きながら考える」ことは、アイデア創出のための非常に有効な方法と言えるでしょう。
仮眠やまどろみの時間を大切にする
睡眠中や目覚めの直前は、脳が自由に情報を結びつける絶好のタイミングです。
仮眠やまどろみの時間は、意識と無意識の間を行き来する状態であり、DMNが特に活発に働きます。この状態では、普段は結びつかないような情報同士が自由に組み合わさり、思いがけないひらめきが生まれやすくなります。
ポール・マッカートニーが「イエスタデイ」のメロディーを夢の中でひらめいたように、睡眠やまどろみの時間は、創造性を高めるための重要なリソースです。短時間の仮眠(10~20分程度)を取るだけでも、脳の疲労がリセットされ、集中力や創造性が回復することが科学的に証明されています。また、目覚めの直前に浮かんだアイデアは、すぐにメモを取る習慣をつけることで、貴重なひらめきを逃さずに活かすことができます。
瞑想やマインドフルネスを習慣化する
意識的にリラックスすることで、脳の創造的ネットワークが働きやすくなります。
瞑想やマインドフルネスは、ストレスを軽減し、脳をリラックスさせる効果があります。これにより、DMNが活性化し、内省や空想、心の放浪(マインドワンダリング)が促進されます。
マインドフルネスとは、「今この瞬間」に意識を向けることで、雑念やストレスから脳を解放する方法です。毎日5~10分程度の瞑想を習慣化することで、脳の創造性や集中力、感情のコントロール力を高めることができます。また、瞑想は脳の構造自体にも良い影響を与え、記憶力や判断力の向上にもつながることが研究で示されています。
「ぼーっとする」時間を意識的につくる
何もしない時間をあえて設けることで、脳が自由に発想を巡らせる余白が生まれます。
現代社会では、常に何かに集中し、効率や生産性を重視する傾向が強まっています。しかし、創造性やイノベーションを生み出すためには、あえて“何もしない時間”や“ぼんやりする時間”を持つことが重要です。
シャワーを浴びているときや電車に乗っているとき、窓の外を眺めているときなど、意識的に「何も考えない」時間を作ることで、脳は自然とリラックスし、DMNが働き始めます。この“余白”が、新しい発想やひらめきを生み出すための土壌となります。スマートフォンやパソコンから離れ、自分の内面に意識を向ける時間を意識的に設けることが、創造性を高めるための秘訣です。
リラックスした脳を活性化するためには、散歩や軽い運動、仮眠やまどろみ、瞑想やマインドフルネス、そして「ぼーっとする」時間を意識的につくることが重要です。
これらのヒントを日常生活に取り入れることで、脳のデフォルトモードネットワーク(DMN)が活性化し、創造性やイノベーションが生まれやすくなります。
現代社会では、効率や生産性が重視され、リラックスする時間が減りがちです。しかし、意識的にリラックスする時間を設けることで、脳は自由に発想を巡らせ、新しい価値を生み出す力を発揮します。ぜひ、ご自身の生活に合った方法で、リラックスした脳を活性化するヒントを取り入れてみてください。
リラックスした脳がイノベーションを生み出す

イノベーションは、必ずしも机に向かって必死に考えているときだけ生まれるものではありません。
リラックスした脳の状態――つまりデフォルトモードネットワークが活性化しているとき――こそが、既存の知識や経験を自由に結びつけ、思いもよらないアイデアや発明を生み出す土壌となります。
日常の中に「リラックスする時間」や「ぼんやりする余白」を積極的に取り入れて、あなたの中に眠るイノベーションの種を育ててみてはいかがでしょうか。
