なぜ狙われた?最近のサイバー攻撃の事例から得られる教訓とは

 

近年、サイバー攻撃の標的は大企業に限らず、あらゆる業種・規模の組織に広がっています。2025年もランサムウェアや標的型攻撃による被害が相次ぎ、特に中小企業やサプライチェーンを狙った事例が急増しています
「自分たちは大丈夫」と思い込むことが最大のリスクとなりつつある今、なぜ自社や取引先が狙われたのか、どんな手口が使われているのか――。この記事では、最新のサイバー攻撃事例をもとに、すべての組織が知っておくべき教訓と、今すぐ始められる現実的な対策のヒントを解説します。

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大規模な被害が発生したサイバー攻撃の事例

近年、サイバー攻撃の手口はますます巧妙化し、企業や自治体に甚大な被害をもたらしています。2024年には、日本国内でも大手企業を標的としたランサムウェア攻撃が相次ぎ、社会的な混乱と情報漏洩が発生しました。ここでは、特に注目された2つの事例を取り上げ、発生から被害判明、対応までの流れと攻撃の特徴を解説します。

大手エンターテインメント企業へのランサムウェア攻撃(2024年)

概要と被害

2024年、大手エンターテインメント企業グループが運営する主要動画配信サービスなどが、突如長期間にわたり停止しました。原因は、同社のデータセンター内サーバーがランサムウェアを含む大規模なサイバー攻撃を受けたことにあります。この攻撃によって、約25万件以上の個人情報が流出。 被害者にはグループ社員や取引先、教育関連施設の関係者も含まれ、氏名・住所・電話番号・メールアドレス・口座情報など多岐にわたる情報が漏洩しています。さらに、約1.5TBもの社内データが攻撃者によって窃取されました。

攻撃の手口

この事件の特徴は、標的型フィッシングメールを用いた認証情報の窃取が突破口となった点です。攻撃者はまず従業員に対してフィッシングメールを送り付け、IDやパスワードなどの認証情報を盗み出しました。窃取した認証情報を使って社内ネットワークへ不正アクセスし、権限を拡大しながらサーバーに侵入。その後、ランサムウェアを実行し、サーバー内のデータを暗号化。さらに、窃取したデータを盾に身代金を要求する「二重脅迫」も行われ、実際に一部の情報がダークウェブ上で公開されています。ネットワークの分離やアカウント管理の不備も被害拡大の要因となったと指摘されています。

社会的・経済的インパクト

この事件により、動画配信サービスなど消費者に身近なサービスが長期間停止し、社会的な混乱と信頼失墜を招きました。取引先クリエイターや教育関連施設への補償、調査・復旧費用などで23億円超の特別損失が発生するなど、ビジネスへの影響も甚大でした。標的型メール攻撃やアカウント管理の脆弱性が被害拡大の一因となったことから、企業のセキュリティ体制強化への社会的関心も高まりました。

大手印刷・情報処理企業のサプライチェーン型ランサムウェア被害(2024年)

概要と被害

2024年、印刷・情報処理大手企業がサプライチェーン型のランサムウェア攻撃を受け、自治体や企業の個人情報約150万件以上が流出するという大規模被害が発生しました。この企業は自治体の住民票や証明書の印刷・発送業務を担っており、被害は全国の自治体や企業に波及しました。

攻撃の手口

この事件の手口は、サプライチェーン攻撃と呼ばれるものです。攻撃者はまず、対象企業のシステムへの侵入経路を探り、脆弱な部分や委託先のセキュリティの隙を突いてアクセス。標的となったネットワークに侵入後、管理していた自治体や企業の個人情報を暗号化・窃取。その後、身代金を要求し、応じなければ窃取したデータを公開する「二重脅迫」を行いました。この手法では、直接自治体や大企業を狙うのではなく、委託業務を担う中間業者(サプライチェーン)を突破口にすることで、広範囲かつ効率的に攻撃を拡大できるのが特徴です。

社会的・経済的インパクト

この事件では、被害が単体企業にとどまらず、同社の顧客である自治体や企業にも大きな影響が及びました。約150万件以上の個人情報流出が判明し、全国規模で業務への影響や住民への通知が相次ぎました。サプライチェーン全体のセキュリティ対策の重要性が改めて浮き彫りになりました。

2つの事件に共通する教訓

これら2つの事件は、「自社だけでなく、委託先や取引先を含めた全体のセキュリティ対策の重要性」を強く示しています。標的型メールやVPNの脆弱性など、攻撃者は人やシステムの隙を巧妙に突いてきます。したがって、従業員教育や多要素認証、ゼロトラストの導入、定期的な脆弱性診断や監査、そしてデータの適切な保管・削除など、平時からの多層的な備えが不可欠です。

また、万一攻撃を受けた場合に備え、インシデント対応のシミュレーションや復旧手順の明確化、外部専門家との連携体制を事前に整えておくことも、被害拡大を防ぐカギとなります。さらに、身代金を払ってもデータが戻る保証はなく、復旧や信頼回復には膨大な時間とコストがかかる現実も明らかになりました。

なぜ狙われた?意外なターゲットや手口が注目された事例

近年、サイバー攻撃の標的は従来の大企業やIT企業だけにとどまらず、レジャー・娯楽業界や通信インフラ、さらには新技術を悪用した事件など、想定外の分野にも広がっています。「自分たちは狙われない」と考えていた組織も被害に遭うケースが増加しており、攻撃手口も多様化・高度化しています。ここでは、2024~2025年に注目された意外なターゲットや手口の事例を紹介し、その背景と教訓を解説します。

レジャー・娯楽業界のサイバー攻撃(2024~2025年)

概要と被害

2024年から2025年にかけて、レジャー・娯楽業界でも大規模なサイバー攻撃が相次ぎました。2025年1月にはテーマパーク運営グループ会社がランサムウェア被害を受け、最大約200万件の顧客・従業員情報が漏洩し、来場予約などのサービスも一時停止しました。また、2024年10月には子ども向け職業体験型テーマパークのWebサイトが不正アクセスを受け、予約顧客2万4,644件の個人情報が流出。さらに、2024年5月には大手コーヒーチェーンのオンラインストアがシステムの脆弱性を突かれ、オンラインストア利用者9万2,685人分の個人情報と5万2,958人分のクレジットカード情報が流出するなど、被害は多岐にわたりました。

攻撃の手口

これらの事件では、ランサムウェア感染やWebサイトの脆弱性、不正アクセスといった多様な手法が用いられました。テーマパーク運営会社のケースでは、外部からの不正アクセスによる障害発生後、外部専門機関の調査でランサムウェア感染が判明。子ども向けテーマパークの事例では、Webサイトのプログラムの一部に脆弱性があり、そこを突かれて個人情報が流出しました。大手コーヒーチェーンの事例では、システムの脆弱性を突いた不正アクセスにより、個人情報とクレジットカード情報が大量に盗まれています。

社会的・経済的インパクト

レジャー・娯楽業界は顧客の氏名・住所・連絡先・決済情報などを大量に保有しており、攻撃者にとって金銭的価値が高いターゲットとなっています。サービス停止や情報漏洩による社会的信用の低下、補償や復旧コストの発生など、経営への影響も深刻です。また、「自社は大丈夫」と思い込まず、全業種が標的になりうるリスクを前提に対策を講じる必要性が改めて認識されました。

教訓

多要素認証の導入や従業員教育、予約・決済サイトのセキュリティ強化が不可欠です。業界や企業規模を問わず、「どの業界も例外なくターゲットになりうる」という危機感を持ち、日常的なセキュリティ対策を徹底することが重要です。

生成AIの悪用による通信回線不正契約事件(2025年)

概要と被害

2025年には、生成AIを悪用した新たな手口による通信回線の不正契約事件も発生しました。中高生グループが生成AIで作成したプログラムを使い、携帯電話会社のシステムに不正ログイン。不正に契約した回線を転売する事件が明るみに出ました。

攻撃の手口

この事件では、AI技術の進歩によって攻撃のハードルが大幅に下がり、プログラミングやセキュリティの専門知識がなくても、AIを使えば高度な攻撃が実行できる点が特徴です。生成AIによる自動化された攻撃スクリプトや不正アクセスツールが使われ、従来よりも短期間で多くの不正契約が行われました。

社会的・経済的インパクト

AIの悪用による攻撃は、従来のサイバー犯罪の枠を超え、幅広い層による大規模な被害を引き起こすリスクが現実化しています。通信インフラや個人情報の安全性が脅かされ、企業・社会全体に新たな脅威として認識されるようになりました。

教訓

新技術の悪用リスクを常に想定し、AI時代のセキュリティ教育や体制強化が不可欠です。従来型の対策に加え、AIを使った攻撃や不正利用に対応できる監視・検知体制の構築、従業員・利用者への啓発活動が今後ますます重要となります。

まとめ

これらの事例から明らかなのは、「誰でも攻撃できる時代」「誰でも攻撃対象になる時代」が到来しているという現実です。AIなど新しい技術の普及により、専門知識がなくても攻撃ツールを使いこなせるようになり、攻撃者の裾野が広がっています。また、業種や企業規模を問わず、「自分たちは関係ない」「狙われるはずがない」という油断が最大のリスクとなっています。

今や、どの組織・どの個人もサイバー攻撃の加害者にも被害者にもなりうるという前提で、最新の脅威や手口を把握し、平時から多層的な備えと継続的な教育・訓練を徹底することが不可欠です。
「誰でも攻撃できる・誰でも攻撃対象になる」時代だからこそ、危機感を持って日々のセキュリティ対策を見直すことが求められています。

  • サイバー攻撃は大企業やサプライチェーンだけでなく、レジャー・娯楽業界や小売、通信などあらゆる業種・規模が標的
  • 攻撃者の主な目的は「顧客のクレジットカード情報や個人情報の不正入手」「金銭的利益の獲得」
  • 業界・規模を問わず、「なぜ狙われたのか」を常に意識し、日常的な備え・教育・インシデント対応計画が重要

ケーススタディ:中堅不動産会社の場合

誰でも狙われる時代――中小企業も例外ではなく、むしろDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進によって攻撃リスクは高まっています。
クラウド化や新規事業開発などのデジタル活用が進む一方、サイバー攻撃は業種・規模を問わず拡大し、特に中小企業は「防御が手薄」「サプライチェーンの一部」として狙われやすくなっています。
一度疑いをかけられただけでも、信用や事業継続に大きな影響が及ぶのが現実です。

【参考】DX推進において認識すべきサイバーリスクと対策の重点事項(IPA)

背景

地方で不動産売買を手掛けるC社は、地元密着型の営業を続けながら、近年は基幹システムのクラウド化や新規事業開発にも積極的に取り組んでいました。
ある日、C社の取引先が顧客情報漏洩の被害を受け、「C社から流出したのでは」と疑いがかかります。調査の結果、C社からの流出はなかったものの、関連する取引先が流出源となり、C社も対応に追われる事態となりました。他人事ではなく、自社もサプライチェーンの一部としてリスクを抱えていることを痛感する出来事でした。

社内の動き

全社朝礼での経営陣の訓示

「今回の件で、私たちC社も“いつでも狙われる側”であることを痛感しました。DX推進は必要不可欠ですが、同時に情報セキュリティへの備えを全員で徹底しなければなりません。皆さん一人ひとりが“自分ごと”として考えてください。」

臨時の管理職会議

部長:「うちの取引先がやられたことで、我々も疑いをかけられた。正直、想像以上のプレッシャーだった。」
課長:「社内の設定や運用の“抜け道”がないか、今一度洗い出そう。現場でも徹底して注意喚起します。」

セキュリティの専門家の意見を聞きながら対策を計画

経営陣と管理職は、外部のセキュリティ専門家を招いて現状のリスク分析や最新の脅威動向について意見を求めました。

専門家:「クラウド化やDXの進展に伴い、従来の境界防御だけでは不十分です。標的型攻撃やランサムウェアは“人のスキ”を突いてくるので、技術的対策と運用ルールの両輪が不可欠です。」

C社はこのアドバイスをもとに、現実的かつ自社に合ったセキュリティ対策の計画を立てていくことになりました。

経営陣:「専門家の知見を取り入れながら、全社的なセキュリティレベルを一段引き上げよう。」

C社が取った対策

抜き打ちの偽メール訓練を実施

全従業員を対象に、標的型攻撃メールを模した偽メールを抜き打ちで配信しました。その結果、予想以上の従業員が開封・クリックしてしまう現実が明らかになり、経営陣・管理職ともに危機感を新たにしました。これを機に月次でのセキュリティ実習を必須化し、訓練とフィードバックを継続しています。
訓練後のアンケートでは、「まさか自分が引っかかるとは思わなかった」「実際に訓練があると日々のメールの見方が変わった」といった声も寄せられました。

設定変更によるリスクの顕在化とルール厳格化

また、一部のマネージャーが利便性を優先し、外部からのアクセスを容易にするためにシステム設定を勝手に変更していたことが発覚しました。
「現場の判断で便利にしたつもりが、結果的に会社全体を危険にさらしていた」とマネージャー自身も反省。
これを受けて、アクセス権限や設定変更に関するルールを厳格化し、管理職にも再教育を徹底しました。
また、設定変更の履歴を定期的にチェックする仕組みも導入し、“誰が・いつ・どのような変更をしたか”がすぐに分かる体制を整えました。

「必ずたがが緩む」ことを前提とした対策

経営陣は「どれだけ教育しても、必ずどこかで気の緩みやルール逸脱が起こる」という現実を前提に、

  • システム上での多重チェック
  • 異常検知の自動アラート
  • 権限管理の定期的な見直し

など、人の意識だけに頼らない“仕組み”による防御層の強化にも取り組んでいます。
「人は必ずミスをするもの。だからこそ、仕組みでカバーすることが必要だ」と経営陣も繰り返し強調しています。

事例から得られた教訓

  • 中小企業も標的になる:大企業だけでなく、セキュリティ対策が不十分な中小企業もサイバー攻撃の標的になっています。自社は大丈夫と油断せず、常に警戒が必要です。
  • DX推進が新たなリスクに:クラウドサービスや外部システムの導入によって業務効率は向上しますが、その一方で新たな脆弱性や攻撃経路が生まれやすくなります。DXを進めるほど、セキュリティ対策の見直しが不可欠です。
  • サプライチェーン攻撃の危険性:自社が直接攻撃を受けなくても、取引先や委託先が被害に遭うことで、自社の情報や信用も危険にさらされる場合があります。サプライチェーン全体での対策が重要です。
  • 疑われるだけでも影響が大きい:実際に情報漏洩が発生していなくても、「あの会社は大丈夫か?」といった疑念や噂が広まることで、風評被害や取引停止、顧客離れなど、事業に大きな悪影響が及ぶことがあります。

サイバーセキュリティ対策は「終わりなき備え」

サイバー攻撃は今や、企業規模や業種を問わず、誰もが標的となる時代です。DXによる利便性の向上と引き換えに、攻撃経路やリスクも増大しています。「自分たちは大丈夫」という油断が、最大の弱点になることを忘れてはいけません。

大切なのは、一度きりの対策や教育で満足せず、継続的に見直しと改善を重ねること。人の意識だけに頼らず、技術的な防御や仕組みを整え、社内外の変化に柔軟に対応し続ける姿勢が重要です。

サイバーセキュリティはコストではなく、企業の信頼と未来を守るための投資です。今日からできることを一つずつ積み重ね、終わりなき備えを続けていきましょう。

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太