人材・ナレッジ不足に立ち向かう!持続可能な人材戦略とは

人材不足や知識の属人化は、多くの企業に共通する深刻な課題となっています。採用が難しいだけでなく、ベテランの退職によるノウハウ喪失や、忙しい現場でリスキリングの時間を確保できない問題が、企業の成長を阻む要因になっています。
本記事では、こうした課題の背景を整理するとともに、地域密着型不動産業者・C社の実践事例を踏まえ、これからの人材戦略に求められる視点と具体的なアクションを考えます。

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社会環境の変化による人材不足・ナレッジ不足の深刻化

企業経営において、人材不足とナレッジ(知識・経験)の不足が深刻化しています。とくに少子高齢化などの社会的要因が、この課題を一層難しくしています。

労働市場の変化と採用環境の厳しさ

近年、日本の労働市場は大きな転換期を迎えています。15歳から64歳までの生産年齢人口はすでに減少局面に入り、労働力人口全体も縮小しています。この変化は新卒採用市場に直結し、特に優秀な若手人材の獲得競争が厳しさを増しています。大企業が持つブランド力や待遇の優位性により、中堅企業や中小企業は相対的に不利な立場に置かれています。

中堅・中小企業は採用に割ける予算にも制約があるため、大規模な広告展開や福利厚生の拡充が難しい状況です。そのため、求職者に「安心して長く働ける環境」を示す取り組みが不可欠となります。しかし、実際には人材不足がさらなる不足を呼び、採用力が弱い企業ほど人材確保が困難になる負の循環に陥りやすいのが現状です。

さらに、人材の流動化が進み、経験を積んだ人材が早期に転職や独立を選択するケースも増えています。人材をつなぎとめるためには「働きやすい環境」や「柔軟なキャリア制度」の導入が必要とされますが、簡単に実践できるものではありません。

ノウハウ・知見の属人化と喪失リスク

採用の厳しさに加えて、社内に蓄積された知見やノウハウの喪失リスクも深刻です。特に、長年業務を担ってきたベテラン社員の退職は大きな痛手となります。日本社会では団塊世代の大量退職が進み、製造業や建設業、サービス業などの現場で、経験に基づいた実務知識が急速に失われています。

ノウハウが属人化している場合、退職と同時にその知識も消失します。この属人化は業務マニュアルの未整備や断片的な記録により深刻化し、「なぜこの手順が必要なのか」が理解されないまま作業だけが継続されることも珍しくありません。知識の喪失は企業の競争力をじわじわと奪う静かなリスクです。

さらに、プロジェクトの引き継ぎ時に十分な情報共有が行われないと、納期の遅延や品質低下といったリスクが顕在化します。特に中小企業では一人が果たす役割が大きいため、一人の退職が企業全体に与える影響は無視できません。この問題に対処するには、マニュアル整備やナレッジマネジメント体制の導入が欠かせません。

「忙殺」される社員とリスキリング推進の壁

人材不足や知識不足を補う手段として期待されるのが「リスキリング」です。リスキリングとは、従業員が新しいスキルを学んで業務や市場の変化に適応できるようにする取り組みを指します。しかし現場では慢性的な業務過多により、学習時間を確保することが難しいのが実情です。「学びたい」と「時間がない」のギャップが、リスキリングの推進を妨げる最大の要因となっています。

また、経営側としては教育投資を優先しにくい状況もあります。短期的に成果が見えにくく、即効性がある施策として評価されづらいため、どうしても後回しにされがちです。さらに、研修を受けても実務に活かす場がなければスキルは定着しません。

現場では「教育に人を割けば仕事が回らない」というジレンマが強く残っており、これがリスキリング推進の壁を高めています。その結果、本来は業務効率化や新しい取り組みにつながるはずの人材育成が停滞しているのです。教育と業務をどう両立するかが、日本企業にとって喫緊の課題と言えます。

まとめると、現在の人材採用と人材育成には以下のような困難が伴います。

  • 労働力人口の減少:少子高齢化によって生産年齢人口が縮小し、採用競争が激化している。
  • 採用環境の格差:大企業と比べて中堅・中小企業は人材確保で不利な立場にある。
  • ナレッジ喪失リスク:属人化した知識が退職と同時に失われ、企業力低下につながる。
  • リスキリングの壁:現場の多忙さや教育投資の後回しにより、人材育成が停滞している。

【参考】経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会 報告書

ケーススタディ:地域密着型不動産事業者の場合

C社は地方都市に根ざし、創業50年を迎えた不動産業者です。地域で着実に信頼を重ねてきた一方、近年は人材不足やナレッジ継承の問題に直面し、企業の持続的成長に向けて新たな戦略を模索しています。本ケーススタディでは、C社の取り組みとそこから得られる示唆を整理します。

C社の現状と課題

社員数40名ほどのC社は、物件仲介や管理を中心に幅広い事業を展開しています。しかし、採用市場の変化によって若手人材の獲得が難航しています。大手不動産会社のブランド力や待遇に人材が流れ、「新卒を採用できない」ことが中堅企業にとって慢性的な悩みとなっています。

さらに、長年にわたり現場を牽引してきたベテラン社員が退職を控え、契約プロセスや顧客対応ノウハウの喪失が切実なリスクになっています。残された社員たちも日々の業務量に追われ、リスキリングや教育が後回しになりがちで、人材不足・知識不足・多忙の三重苦が浮き彫りとなっています。

中途採用で直面したカルチャーフィットの壁

この状況を打開するため、C社は中途採用、シニア人材、副業人材の受け入れなど、多様な人材獲得手段を試みました。さらに、広告業務やデータ入力といった非中核業務を外部委託し、短期的には一定の効果を得ることができました。

しかし、新たに合流した人材が自社文化や価値観に馴染むには時間を要することが明らかになりました。成果を発揮する前に離職してしまう例もあり、カルチャーフィットや定着支援の重要性を痛感しました。こうした学びから、C社は「採用の多様化」と同時に「組織に根付く支援策」を整備する必要があると認識しています。

ナレッジの蓄積と継承

外部活用に頼りすぎると自社に知識が残らないというリスクも浮かび上がりました。そこでC社は並行して、自社のナレッジを体系化する投資を始めました。業務マニュアルや社内wikiの整備、ベテランと若手を組み合わせたメンタリング制度などがその一例です。

一方で、属人化した知識を形式化するのは容易ではありません。「どこまで言語化すべきか」「誰がどの範囲を担うべきか」といった課題に直面し、進捗は一進一退です。それでもC社は「短期的外部施策」と「長期的内部知識蓄積」を両輪として進める姿勢を崩さず、知の循環を止めない取り組みを続けています。

リスキリング推進の課題

リスキリングを推進するには、業務過多の現場でいかに時間を生み出すかが鍵となります。C社はまず、ITツール導入やペーパーレス化で日常業務のムダを削減しました。さらに、月1回の社内勉強会や外部セミナー参加の積極支援など、「学びの時間を公式に組み込む」仕組みを整えました。

また、働き方改革の一環としてフレックスタイムや在宅勤務の導入も検討し、社員が柔軟に時間を調整できるようにしています。これらは単なる制度改革ではなく、「学ぶことは仕事の一部である」という意識変革を伴ってはじめて効果を発揮します。そのためC社は、マネジメント層に理解を求め、評価制度に「学習姿勢」や「知識共有」を加点する仕組みを導入しました。

持続的成長を支える企業文化づくり

ここまでの取り組みを通じて、C社は短期的な課題解決だけではなく、長期的な競争力を支える「企業文化づくり」に目を向けています。新しい人材を採用することだけが目的ではなく、「入った人が成長し、知恵を共有しながら残っていく文化」を根付かせることが最大の狙いです。

現在は5年後・10年後を見据えた人材育成ロードマップも策定中で、外部活用と内部育成を組み合わせながら「人を育て、残す」組織づくりに力を注いでいます。C社の挑戦は道半ばですが、彼らが示している方向性は明確です。最終的に企業の持続的成長を決定づけるのは、人材や施策の一過性ではなく、学びを尊重する企業文化そのものだということです。

その後のC社

人材不足から始まった一連のプロジェクトは、当初の想定を超えた副次的な効果をもたらしました。例えば、業務効率化やナレッジ共有の仕組みが進んだことで、社員の負担が軽くなり、顧客対応により丁寧に時間を割けるようになったのです。その結果、「働きやすさの追求」が「サービス品質の改善」に直結するという学びが得られました。

また、地域の老舗企業としての文化を大切にしつつ、次世代に向けて「成果だけでなく仕事の質を重視する社風」への転換も進んでいます。若手社員からは「ベテランの知識が整理されて学びやすくなった」との声が聞かれ、シニア社員からも「自分の知見が形になることが誇り」と評価されるなど、世代を超えた一体感が少しずつ形成されています。C社は今、伝統を守りながら革新を織り込み、地域に根ざした新しい企業モデルを築きつつあります。

まとめ

  • 多様な人材獲得策を試みながらも、カルチャーフィットや定着支援がなければ成果につながらない。
  • 外部施策と並行して内部知識の蓄積投資を怠らず、属人化の解消に挑戦している。
  • 業務効率化や柔軟な働き方を取り入れ、学びの時間を確保することでリスキリングを推進。
  • 持続的成長を支えるのは、「学びを尊重する文化」であり、中堅・中小企業の未来を左右する鍵となる。

ケーススタディから学ぶ「これからの人材戦略」

人材不足やナレッジの属人化といった現象は規模を問わず広がりつつあり、それらに対処するためには部分的な施策の導入だけでは不十分です。企業が持続的に成長し、変化の激しい市場で競争力を維持するためには、人材戦略の発想を大きく転換する必要があります。ここでは今後の鍵となる4つの要点を再整理し、さらに読者が自社に落とし込む際の具体的なヒントを提示します。

多様な人材獲得とカルチャーフィットの両立

採用環境が厳しい中では、中途採用、シニア人材、副業・兼業人材、あるいは外国人材まで、多様なリソースを組み合わせる試みが不可欠です。人材の多様化は企業に新しい視点をもたらし、即戦力的に不足を補う効果があります。

しかし、忘れてはならないのは「採用した人がいかに定着し、活躍できるか」です。カルチャーフィットを意識せずに人材を増やしても、早期離職や組織の摩擦を生む可能性があります。したがって、オンボーディング(組織適応支援)プログラムの整備、心理的安全性のあるチーム環境づくり、定期的なフォロー面談などは、採用活動と同じくらい重要です。

そこで、採用時に「スキル」だけでなく「価値観」「働く意欲」を見極める評価軸を取り入れること、入社後は「1年をかけた伴走型サポート」を仕組み化することをお勧めします。これにより、多様な人材が企業文化に溶け込み、力を発揮しやすくなります。

外部人材の活用とナレッジの蓄積

短期的な不足を補うために外部人材を活用することは有効です。アウトソーシングや副業人材の活用は、即効性あるリソース補強策として一定の役割を果たします。ところが、外部に依存しすぎると自社に知識が蓄積されず、長期的な競争力が損なわれるリスクがあります。

ここで重要なのは、「外部活用は一時的、内部蓄積は永続的」という視点です。プロジェクト終了時には必ず成果物や知見を社内に残す仕組みをつくることが欠かせません。例えば業務委託をした場合でも、成果をマニュアル化・共有し、次回から社員自身で実行できる状態にする。短期的補強と並行して内部育成投資を進める姿勢こそが、中長期での安定につながります。

また、経験豊富な外部人材をメンターとして登用し、その知見を若手に伝承させる形も有効です。これにより、一時的な補充が「内部資産」へと変わり、組織の学習力が高まっていきます。

リスキリング時間の確保

リスキリングは単なる教育プログラムではなく、企業が変化の中で生き残るための基盤です。しかし、多くの現場は業務過多によって時間を奪われ、学習が後回しになっています。C社のようにITツール導入やペーパーレス化を行い、まずは業務効率化で「時間の余白」を生み出すことが大前提です。

加えて、柔軟な働き方を導入することは、単にワークライフバランスを改善するだけでなく、学習時間の確保にも直結します。フレックスタイムやリモートワークは、自分のペースで研修や学習を組み込む余地を広げます。

さらに根本的な課題となるのは「意識の変革」です。「学習は業務外の活動」ではなく「仕事の一部である」という共通理解を社内で浸透させることが必要です。マネジメント層に対してもこの考えを浸透させ、評価項目に「学び直し」や「知識共有」を組み入れることが推奨されます。このステップを踏むことで忙殺から脱却し、リスキリングを組織文化の中に位置づけられます。

成長を支えるのは「企業文化」

最終的に、人材戦略の成功を決めるのは制度や個別施策ではなく、企業文化です。多様な人材を受け入れても、ナレッジを形式知化しても、それが組織全体で共有・維持されなければ効果は限定的です。

企業が持続的に成長するためには、「学び」と「共有」が自然に行われる文化を育むことが不可欠です。具体的には、以下のような文化的要素が鍵になります。

  • 挑戦を称賛する文化:新しい分野への学びや行動が失敗に終わっても評価する
  • 知識のシェアが当たり前な文化:ノウハウを隠すのではなく、全体の財産とする
  • 世代や職位を越えた対話を奨励し、人材の多様性を力に変える

中堅・中小企業はリソースに限界がある分、文化形成の影響度が大きい傾向があります。だからこそ、「人材個々の力」ではなく「文化としての強さ」に目を向けることが、長く企業を支える土台になるのです。

まずは、ここから始めませんか?

  1. 採用フェーズでの工夫:求人票に「スキル条件」だけでなく「企業の価値観・カルチャー」を明記し、募集段階からフィット感を確認する。
  2. ナレッジ蓄積の小さな一歩:退職予定者やベテラン社員に「経験共有インタビュー」を行い、音声や動画で残す。文書化はその後段階的に進める。
  3. 学習時間の公式化:週1時間でも「学習を目的とした勤務時間」を設け、社員が安心してリスキリングに取り組める環境をつくる。
  4. 文化価値の見直し:社内会議や評価面談に「学んだこと」「共有したこと」を話題に入れることで、学習と共有を文化に組み込む。

人材戦略を企業成長の推進力へ

これからの時代、中堅・中小企業における人材戦略は「人を採用する」だけでは不十分です。採用後の定着支援、外部人材と内部知識の両立、忙殺からの脱却と学びの余地づくり、そして学びを中核とした企業文化。この4つの柱を意識することで、人材不足が「弱点」から「成長の推進力」へと変わる可能性があります。

持続的な成長をつくるのは、スキルだけではなく「学びが息づく文化」です。この視点を手掛かりに、ぜひ自社の人材戦略を再点検してみてください。

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太