量子コンピュータの実用化に向け、世界中の大手IT企業や研究者たちが日々開発に励んでいます。この量子コンピュータが社会に導入されれば、さらに経済活動が活性化するでしょう。例えば、人流や物流、エネルギー用途の最適化など、現在のコンピュータテクノロジーでは成し得ないことが可能になり、世界目標であるSDG’sの課題である持続可能な発展においても大きな影響を与えると期待されています。しかし、その実現には高いハードルを越えていかなければなりません。その課題とは一体何か、そして今後の見通しについて紹介します。
【関連記事】
実用化は2030年?量子コンピュータの可能性と今後の見通しを紹介 ~第1回 量子コンピュータの基礎知識~
実用化は2030年?量子コンピュータの可能性と今後の見通しを紹介 ~第2回 量子コンピュータの可能性~
量子ビット数の壁
量子コンピュータの実用化には、量子ビットという量子情報を適切に機能させる必要があります。しかし、本来の動作を行うために必要な大量の量子ビットを搭載することは極めて難しく、開発において高いハードルであり、研究者にとって大きな課題の一つです。
量子ビット数の現状
量子コンピュータにおける最大の課題は「誤りを察知し訂正し、正しい計算を続ける」ことですが、世界の問題を解決できるレベルの処理能力を持たすためには、数百万から数千万個の量子ビットの集積が必要となります。 しかし、これは簡単ではないことが、これまでの各企業の実績から見てもよく分かります。例えば、IBMは2016年に5量子ビット、2017年に16量子ビットの量子コンピュータを発表しました。この5量子ビット、16量子ビットという数字は、従来のコンピュータでも計算が可能なレベルです。また、別のプロジェクトであるD-Wave Systems量子アニーリング方式でにおいても、2011年に128量子ビット、2013年に512量子ビット、2015年に1,152量子ビット、2017年に2,000量子ビットと、着実に進展しているものの100万量子ビットにはほど遠いのが現状です。
繊細な量子ビット
開発が進まない理由として、量子ビットの情報が非常に繊細で壊れやすく、熱やノイズ、量子ビット同士の干渉が原因となって設定どおりに動作しないことが多いなどが挙げられます。マクロ波を使い、量子ビットを抑制する対応策も行われていますが、調整が難しく制御がしにくい状況です。そのため、別の量子ビットによってその情報が消えないように補うため、より多くの量子ビットを搭載する研究が日々行われています。
今後の見通しと現状
Googleが2029年までに100万量子ビットを搭載した量子コンピュータの実用化に向けてのロードマップを公開したことにより、ビジネスにおいての活用は2030年ごろと予測されています。アメリカの金融企業ゴールドマン・サックスは、金融業界での実用化は5年から10年という見通しを発表しており、多くの企業でも3年から10年を目標にしているという調査結果もあります。この10年が量子コンピュータの時代の幕開けになるでしょう。
希少な量子人材
量子コンピュータにおける課題は開発そのものだけではありません。開発を行うための非常に優れた人材が必要不可欠です。しかし、近年は理系分野へ進学する学生が減少傾向にある中、量子力学の道を選ぶ学生を増やし、どう育て確保していくかも大きな課題の一つとなっています。
量子人材に求められること
量子コンピュータは、「重ね合わせ」「もつれ」「干渉」という量子力学の原理を用いた新しい計算技術を導入したものです。実用化に向けては、従来のコンピュータとは異なった、専用のプログラムが必要となります。従来のコンピュータとは根本的な構造が違うため、量子コンピュータの構造に基づいたプログラミングや言語、アーキテクチャ、ソフトウェアなどが不可欠です。従って、量子コンピュータの実用化に求められる理想の量子人材は、量子コンピューティングの理論を把握しているとともに、ソフトウェアの開発者としても極めて優秀な人材なのです。
量子人材の育成
量子コンピュータの開発を進める企業において、理想の人材に巡り合える確率は、現状かなり低いと言えます。多くの企業は量子コンピューティングに必要な分野における「博士号取得者」を求めているにも関わらず、実際に博士号を取得している人はかなり少ないのが現状です。そこで、「量子コンピューティング」に興味を持たせ、その興味をいかに継続させ「量子人材」にまで育てていくのか、という課題を解決するために、各所で量子人材育成に向けての取り組みが行われています。そこで、参加型の無料イベントをオンラインで開催し、いつでも質問ができる環境におくことで、学ぶ楽しさを感じてもらう取り組みが行われています。また、より高度な技術取得を促すために、無料で使用できるシュミレーターツールも提供されています。実際に量子プログラミングを行ったり、実力を確かめるためのテストを受けることも可能です。このような機会を利用し、趣味にとどまらずより自分のスキルを高め専門的な知識を増やそうとするモチベーションにつなげてもらい、将来の人材確保を促そうという試みが企業や大学などで行われています。
希少な量子人材の確保
人材育成という課題もさることながら、量子コンピュータ開発に関わる分野では人材確保においても困難を極めています。量子コンピュータは従来コンピュータとは本質的に異なるため、学術、技術においてもに詳しい人材が求められるのです。しかし、これらの条件を持ち合わせた人材は大変希少です。そのため、知識が十分にある人材には、世界中の研究機関からオファーが殺到し激しい争奪戦が繰り広げられています。それゆえ、優秀な人材は自らの知識を存分に生かすことのできる環境や職場、研究所への就職を希望することはもちろん、より好条件で働ける場所を選べるなど、引く手あまたと化しています。それほど、量子分野における人材の需要が供給を大きく上回っているのです。
量子コンピュータの実用化に向けて
世界各国の量子コンピュータへの取り組みに比べ、遅れをとっていると言われている日本ですが、その実用化を支えたのは、実は日本の研究者たちでした。1990年代に日本の研究者たちが発表した量子アニーリング方式についての論文が、D-waveの開発に反映されたのです。現在も、さらなる開発を最先端で行うべく、日本国内のあらゆる企業や教育機関、研究機関が一丸となり量子コンピュータの実用化に向けて取り組んでいます。2020年には、東京大学や慶應義塾大学、日立製作所、みずほ銀行など、日本の大学と大手企業が共同で「量子イノベーションイニシアティブ(QII)協議会」を設立しました。これから予想される高度なテクノロジー犯罪などに備えた安全確保と利便性の双方に対応したうえで実用化される「量子コンピュータ」が、今後どのような可能性を社会にもたらすのか目が離せません。