ディープラーニングで故人の歌声を再現!
音楽・音響分野におけるAIの活用事例と問題点
 

2019年の紅白歌合戦では、故・美空ひばりさんの歌声が最新のAI技術「ディープラーニング」で再現されたというパフォーマンスが披露され、視聴者を驚かせました。

近年、パソコンやスマートフォンといったデジタルデバイスの所有率が上昇し、インターネット普及率も急速に高まる中で、私たちの生活はデジタル化が進んでいます。その中でAI技術も着実に進化を遂げています。音楽業界に目を向けると、ストリーミングや音楽配信が主流となっている現在、ディープラーニングというAI技術が普及しています。

ディープラーニングはAIの機械学習の一つであり、音楽業界において様々な形で活用されています。この記事では、その具体的な活用例と、それに伴う課題について解説します。

音楽業界が注目!マーケティングで活躍するディープラーニング

音楽業界ではすでに、楽曲生成やマスタリング、プロモーションなど、多くのプロセスでAIの技術が使われています。ここでは音楽業界における、具体的なディープラーニングの活用例をみていきます。 

ディープラーニングとは

ディープラーニングはAIの一部門で、「深層学習」とも呼ばれています。人間の脳に近い複雑な判断や情報処理を可能にするために、多層化されたニューラルネットワークが用いられます。ディープラーニングは学習データから自ら特徴量を抽出できるため、従来の機械学習に比べて飛躍的に応用範囲が広がりました。 

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ターゲットユーザーへの効果的なプロモーション

音楽業界でのディープラーニングの活用が特に目立つのは、アーティストのプロモーションです。SNSなどの広告配信から収集された情報を元に、即時的なレスポンスを可能にするディープラーニングは、ターゲットに合致した広告の配信を効率化しています。これにより、多くの人々に迅速に「おすすめ」情報を届けることが可能となり、ディープラーニングはプロモーション効果の向上に大いに寄与しています。

AIがヒット曲を予想

AIによるヒット曲予想も可能とされています。AIはまず、過去の楽曲データやリスナーのストリーミング再生履歴などの情報を収集し学習します。その上で、得られたデータパターンを元に楽曲の人気度などを分析し、ヒット曲を予測します。ただし、音楽は単純なパターンだけから生成されるものではなく、人の感性や文化的背景など、多種多様な要因によって影響を受けるため、予測精度の限界については考慮する必要があります。 

音楽・音響分野におけるディープラーニングの活用事例

マーケティングの他にも、ディープラーニングは音楽・音響分野で様々な形で利用されています。ここではディープラーニングの代表的な応用事例である自動作曲や、故人の歌声を再現する技術について紹介します。 

自動伴奏

自動伴奏は、楽器の練習を支援するために利用されている技術です。この技術では、対象となる楽曲の主旋律と伴奏のデータを学習しておき、演奏者が主旋律を弾くのに合わせて、AIが伴奏を生成します。練習中は弾き間違いや同じ部分の反復などが生じることがありますが、そういった状況でもAIは演奏者が「現在どの部分を演奏しているか」を推定し、それに合わせて伴奏を生成します。

【参考】AI演奏表情付技術 

自動作曲

ディープラーニングを活用した楽曲の自動生成技術を自動作曲と呼びます。このプロセスでは、AIはまず過去の楽譜や楽曲データを学習します。次に、学習した「スケール」「コード」「メロディ」のパターンを基に新たな楽曲を生成します。この技術により、楽曲制作の効率化や新たな音楽表現の創出が可能となりました。

自動マスタリング

マスタリングは、音楽制作の最終段階で行われ、音源の音圧や音質を調整する作業を指します。我々が日常で耳にする音楽は、このプロセスを経てリリースされます。この重要な作業は、楽曲の完成度に大きく影響を与えます。近年では、ディープラーニングを活用した自動マスタリング技術が開発されています。ディープラーニングを用いることにより、従来のマスタリング作業で必要だった時間とコストの削減が可能となりました。

ディープラーニングが故人の歌声を再現

故・美空ひばりさんのケースのように、AIを用いて故人の歌声を再現する技術が実用段階に達しています。この技術は、故人の音声データから声質や発音の特徴を学習し、その特徴をもとに新たな曲に合わせた歌声を生成します。

最適なBGMをレコメンド

ディープラーニングによるレコメンデーションは、私たちにとって身近な存在になっています。AIは音楽ストリーミングサービスや動画視聴サイトを通じてユーザーの情報を収集します。それから再生履歴や再生回数などを用いてユーザーの好みや嗜好を分析・学習し、その場に合わせた最適なBGMをレコメンドします。

楽曲の不正利用検知

ディープラーニングを利用した不正利用検知システムは、現在、さまざまな分野で活用されています。クリエイティブ業界でも、AIがインターネットを巡回し、不正に使用されている可能性のあるコンテンツを自動で検出するツールが実用化されています。音楽業界でも、Web上に公開されている音楽データが他者の著作権を侵害していないかを自動的に判断することが可能になると期待されています。

作品の権利はどうなる?AIを活用する上での課題とは

ここまで見てきたように、AIの活用により音楽業界に新たな可能性が広がっています。しかし一方で、AIの台頭に伴い、権利関係の問題やクリエイターの存在意義についての議論も活発化しています。ここでは、ディープラーニング活用に伴う問題点について説明します。

ディープフェイクと著作権侵害

技術の進化に伴い、ディープフェイクと呼ばれる精巧な偽動画を作成することが可能になりました。ディープフェイクはもともと、ディープラーニングの技術を利用して動画の一部を交換する手法を指す言葉です。しかし、この技術を応用して有名人が実際には発言していない内容を口にしているように見せる偽動画が作成、拡散される事態が発生し、これが大きな社会問題となっています。

ディープフェイクはフェイクニュースの拡散といった問題だけでなく、クリエイティブ業界にも混乱と被害をもたらす可能性があります。例えば、既存の楽曲を模倣して似た曲を作り出したり、ある人物の楽曲を別のアーティストが歌っているように見せることも可能になります。これらの作品は著作権侵害を問われることになります。

権利の帰属についての課題

AIに既存の楽曲を学習させ、それを基に新たな楽曲を生成した場合、権利の帰属問題が生じます。多くのAIプログラムは商用利用を許可していますが、AIの学習に使用されたアーティストたちはこの状況に反発し、集団訴訟を起こす動きも見られます。作品の「類似性」が問題となる事例は過去にも存在しますが、AIの台頭によって問題はより複雑になりつつあります。 

クリエイターはAIに仕事を奪われるか

ディープラーニングによってクリエイティブな活動の一部が自動化されつつありますが、これに危機感を抱くクリエイターは少なくありません。ここまで見てきたように、AIによって著作権が侵害されたり、クリエイターの仕事の価値を損なう可能性が指摘されています。
しかし一方で、AIをクリエイターの支援ツールとして利用することで、作業効率を向上させたり、かつて存在しなかった新しい表現形式を実現する可能性もあります。総合的に見れば、ディープラーニングはクリエイターの仕事を奪うだけでなく、新たな可能性も提供しています。これからは、どのようにしてAIと共存し、活用していくかが重要な課題となるでしょう。

 

ディープラーニングの活用で音楽業界が進化する

音楽業界はアーティストの才能によって支えられていることは間違いありませんが、同時にテクノロジーの進歩が業界の発展を推進してきたことも確かです。近年、急速に発展しているディープラーニング技術により、音楽作品の創作と販売の両方がさらなる進歩を遂げるでしょう。しかし一方で、AIの急速な浸透を危険視する声も存在します。そのため、効率化のメリットと権利侵害などの課題解決の間でバランスを取ることが、今後の重要な課題となるでしょう。

この記事を書いた人

ビジネス・テクノロジスト 貝田龍太