街で見かける白い杖や盲導犬、筆談サービスなどは障害者支援として広く浸透していますが、障害の種類や度合いによって、本当に必要とされている支援の形は様々です。現在はIoTやAIテクノロジーが目覚ましい発展を遂げており、障害者一人ひとりのニーズに合わせたきめ細やかな支援が可能になってきました。今回は視覚障害者と聴覚障害者それぞれの支援方法と、XRを利用した実際の障害者支援について紹介します。
IoT/AIと視覚障害者支援
WHOにより、2019年10月に世界中で少なくとも22億人が何らかの視覚障害を抱えていると発表されました。視覚障害は「盲」か「弱視」かだけでなく、視力障害・視野障害・色覚障害・光覚障害など様々な症状があり個人差が大きいことが特徴です。IoTやAIテクノロジーを使った視覚障害者支援にはどのような種類があるか見ていきましょう。
IoTとAIテクノロジーの関係
IoTとは「Internet of Things」の略で、日本語では「モノのインターネット」と呼ばれています。日常生活で普段何気なく使っている家電などの製品が、 AIテクノロジーによってインターネットに接続することが可能になりました。主にスマートフォンやタブレットなどのデバイスと連動し、製品ごとのアプリを使って遠隔操作できます。
IoTによって取得したデータをAIが学習・分析し、最適な動作を予測して提供できるため、あらゆる製品に新たな付加価値を生み出すことが可能です。
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視覚障害者をXRで支援
XR(クロスリアリティ)はVR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)、SR(代替現実)などの技術を表す総称です。ゲーム産業で活躍しているイメージが強いXRですが、近年ではこれらの技術が視覚障害者の支援に役立てられるようになりました。
弱視者の視力や視界を補完する「スマートグラス」は、透過ディスプレイから見えている景色にAR画像を重ね合わせコントラストを調整した画像を表示させることで、より対象物がはっきりと見える仕組みになっています。
また、他者とのコミュニケーションに特化した支援ツール「ARカメラ」は、視覚障害者の頭に装着し、視線の方向にあるものにタグ付けして映し出された環境を音声で説明してくれるというものです。自身の視覚障害を補完するスマートグラスとは違って、利用者の目の代わりになっています。
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IoT×AI×XRの視覚障害者支援ツール
IoTやAIテクノロジー、XRを掛け合わせた支援ツールも登場しています。これらの技術により、日々の体調によって微妙に変化する視覚障害の症状に合わせて、適宜最適な補正を提供できるようになるのです。
装着デバイスに搭載されたカメラが周囲の状況を映し出し、デバイス利用者の視線の先にある対象物をAIが判断して、ディスプレイ上に補正情報を表示させることができます。また、スマートフォンなどと連携させることによって、障害者本人がその時々の体調や症状に合わせて補正機能の微調整をすることが可能です。
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視覚障害者支援ロボット実証テスト
日本科学未来館は、視覚障害者向け自律型誘導ロボット「AIスーツケース」の実証テストを、東京都が主催する次世代モビリティ体験の一環として2023年1月末から2月頭にかけて実施しました。 スーツケース上部に搭載された360度センサーから得た情報をもとに、AIが自動で最短経路を検出して、利用者を目的地まで周囲の障害物をよけながら最適な歩行速度で誘導することが可能です。また、「人をよけました」などの周囲で起きている出来事を音声で伝えてくれ、現在地を推定しながら建物や店舗の情報を読み上げることもできます。
このように、視覚障害者支援は特定のデバイスを体に装着して障害を補完するタイプのものから、ロボットが障害者に寄り添って見えない困りごとを支援するタイプのものまで幅広く開発されるようになりました。
【参考】スーツケースが“道案内”し“話す” 視覚障害者のためのロボットを体験 生みの親語る“白杖との違い”
IoT/AIテクノロジーと聴覚障害者支援
ここまでテクノロジーによる視覚障害者の支援について見てきました。では聴覚障害についてはどのような支援方法があるのでしょうか。 IoTやAIテクノロジーの活用事例とともに説明していきます。
AIを使った聴覚障害者支援
例えば「AI補聴器」はどの音を増幅すべきかをAIにあらかじめ機械学習させているため、聞きたい音だけを増幅させることができます。AI補聴器とスマートフォンなどを連携させたIoT機能を搭載することで自分好みの設定が可能になりました。
また、マスクなどで相手の唇の動きや表情から会話内容を読み取る読話が難しい場合は「AIボイス筆談機」を使えば相手の声をリアルタイムで文字変換できるので便利です。音声ではなく手話を日本語に翻訳する技術を使った「AI手話通訳」も登場し、健聴者と聴覚障害者を繋ぐサービスが続々と開発されています。
聴覚障害者支援サービスの実証実験
JR東日本と富士通は、聴覚障害者向けに駅ホーム内の自動販売機上部に設置されたディスプレイに、電車の発着音やアナウンスの声を文字や手話に変換して表示させるサービスの実証実験を2022年6月から12月にかけて実施しました。このように様々な企業がIoTやAIを活用した聴覚障害者支援サービスに参入しています。
福祉の分野でAI/XRを活用するメリット
障害者にとって支援ツールにAIやXRなどの先端技術を導入した場合、どのようなメリットがあるのでしょうか。次の項目では導入メリットをAIとXRそれぞれで考えていきます。
AI導入のメリット
現在でも、点字などの設備を用意した場所や施設はありますが、全ての外出先に備わっているわけではありません。しかしAIを導入した支援ツールを使えば周りの状況を理解しながら安全に行動することができます。今までは「安全に歩くこと」に神経を集中させる必要がありましたが、AIのサポートによってそうした負担が軽減されます。また安全に外出できることによって「鳥が鳴いてるな」「風が気持ちいいな」など日々の喜びや楽しみを感じる機会が増えるかもしれません。
さらに、AIを搭載したコミュニケーションツールを導入すれば手話の通訳者や他者のサポートを借りずに多くの仕事が行えるようになり、障害者雇用の促進にも繋がると考えられます。
XR導入のメリット
障害の程度にもよりますが、手術や投薬などによる治療に頼ることなく、デバイスを装着することで問題が解決できるという点はXR導入のメリットといえるでしょう。
また、ARやVRを利用した技術は障害者本人が持つ困りごとや症状を小さくするだけでなく、福祉支援者側にもメリットがあります。視覚障害者の見ている世界をXRによって擬似的に体験できるようになれば、何に困っているのかを具体的にイメージしやすくなるからです。 さらに、デバイスの開発者が障害者の感覚を擬似体験することで、それによる気づきを支援ツールの開発に活かすこともできるようになるでしょう。
AI/XR活用で共生社会の実現を
国際的にノーマライゼーションやインクルージョンといった理念が浸透しつつある中で、様々な障害を持った人々が健常者と共に生き生きと暮らせる社会を作っていくことが課題となっています。そのような社会を実現するために、IoTやAI、XRといった最新のテクノロジーの利活用が模索されています。これらの技術は障害を持った人々のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上に役立つと考えられますが、同時に障害者雇用の促進や医療・介護負担の軽減といった社会課題の解決にも有効です。
先端テクノロジーを駆使しデバイスやロボット開発が進めば、障害者が白杖や盲導犬の代わりに支援ツールと一緒に歩く風景が普通になる日もそう遠くはないでしょう。 障害者支援を実現する様々な技術動向に注目しながら、私たちの社会の未来について考えていきましょう。